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THE Zuisouroku

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2024/05/21
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カテゴリ:小説











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 神山と楠は一昨日から姿を見せない海野たちの事を案じながらも、『ayur deva』に押し掛ける沢山の患者たちを診察するのに大わらわである。
 万が一危険が迫った時も海野の方が自分よりもずっと旨く対策を講じる事が出来るのを知っている神山は、必要以上に心配をしてはいない。海野を信頼しているのだ。精神科医の雲井がいない分、神山も楠も忙しく働いている。
 シヴァ神はそういう二人を大人しく見守りつつ、やはり海野たちの帰りを待っていた。シヴァ神の心の中に、海野たちからの助けを求める声は聞こえてはいない。いざとなれば自分が海野たちの捜索に出て行くまでである。
 
 そんな神山やシヴァ神の心中を他所に海野は、未だにロバを手配する事が出来ぬまま、間もなくマドラ(madras)の街に入って行こうとする街道を、ゆっくりと歩いていた。

「先生?だから言ったでしょう?もう、心配は要りませんって!」青年がささやくのに、海野は渋々頷いた。
「だが、俺の身になって見ろ。お前らを無事にここまで連れて来なければならなかったんだからな、どれだけ用心しても足りない位だ」
 こうささやく一行の眼前にはマドラの市街地が見え始めていた。

 「貴方がたのご案内に感謝します。我が師も、こうゆるりと歩いて頂き、喜んでいます」カヴィが追い付いて来て、青年と海野に告げた。
「それは良かった!貴方が師と仰いでいらっしゃるお方が、どなたなのか、私たちもよくお伺いせねばいけませんので慎重にお連れせねばと」海野が心にもない事を言うが、本心は正反対だ。隣にいる助手の青年が吹き出しそうになるのを堪えている。
「もうすぐ、ロバを手配出来ましょうからそれに乗って参りましょう。おつかれでしょう?」
「私は平気ですが師は確かに・・。常日頃、あまりお動きにならぬお方なので」
 そこで漸く、海野は先に立ってロバを手配出来そうな家を探し始めた。海野は内心、なんだか決りが悪かった。二人のインド人にはどうやらほんとうに、害意はなさそうである。
 
 海野は、しばらく街道沿いの家々を訪ね歩き、今後のためにと、とある裕福そうな農家の門口へ入って行き、ロバを数頭譲り受けてきた。
「これも貴重な供養になります。師も、お礼を申し上げております」若武者は海野の連れてきたロバ数頭を見ると、それもまた浄行者にたいする布施となるのだと言うのだ。
「さあ。これへお乗りあそばしませ」海野が恭しく言った。ようやく浄行者に篤信が行ったらしい。武士に対しても海野の態度が変わっている。
 残りのロバに荷物を載せて、一行はいよいよマドラ市街地へ入って行った。ロバ数頭を曳いて行く一行に、皆は嫌でも視線を向けて来る。
 そのうち一頭のロバには浄行者が乗っているので、民衆の視線は尚更に集まった。
「どこのお偉いお方で?」と尋ねられると海野は、あちらのお武家様の、お師匠様に当たるお方ですよと答えていた。
「あの偉いお侍が、こちらの行者様のお弟子様で?」マドラの皆は有難い事だと、この「師」を礼拝しているので一行は困惑した。この様な場合、どの様に応待すれば良いのか知らないのだ。
 カヴィ・サルマンは、師にたいして供養をする様に呼び掛けて、一行を止めた。
「浄行者に布施をして徳をお積みなさい」とカヴィは静かに呼びかけているのだ。
 これも弟子としての務めなのである。
 周囲の皆が浄行者を礼拝し、持っているお金や食べ物を差し出すと、カヴィが代わりにこれを受け取り、礼を言った。近隣の住民も慌てて、庶民には少なくはない金額のお金を喜捨している。
 海野たちはこの様子をただ驚いて見ているしかない。これほどまでに喜捨を集める行者を、海野やその一行は初めて見たのだから。
 カヴィ・サルマンは行列をゆっくりと前へ進めながら民の喜捨に礼を述べた。浄行者の、パパカンダ自身はただ両の掌を合わせてロバに乗っている。
 海野たちはいつの間にか、彼らの後ろを付いて歩く形になっていた。群がる群衆が我先に喜捨を差し出すのを全て受け取ると、カヴィは一行を元の歩調に戻した。
 喜捨する民衆の、余りの迫力に海野たちはあっけに取られて眺めているしか無かった。

 「やれやれ、凄いものですねえ!こんなに徳の高いお方とは存じませんでした」と、海野が行者、パパカンダヤーナに対して正直に頭を下げた。
「貴方は既に、功徳をお積みになっています。感謝の言葉もありません」と、浄行者パパカンダは言った。

 時たま民衆が群がるのをそのままに、喜捨を受けながら一行は、マドラの市街地をほぼ横切って、神山たちの医院がある市街地のはずれまで、漸く辿り着いた。

「さあさあ!中へ!!神山も待っているでしょうから」と、海野が先導して一行を医院の敷地内へ導いた。

 医院の患者たちを他所に、彼らは中へと入って行く。
 神山が何事かと、医院の入り口に立っていた。
「ただ今戻りました。ご心配をお掛けしましたが、我々も期せずしてカヴィさんとパパカンダさんに邂逅し、道すがらですが、色々とお話を聞きながら、やっと・・」海野が言うのに神山が応じた。
「ご様子から分かります。では、こちらが?」
「はい、神山先生。浄行者、パパカンダヤーナ様とお弟子の、カヴィ・サルマンさんです。ようやくお連れできました!」と、海野が答えた。これまでの出来事から二人に対する疑いが、すっかり解けたのは無理もない事だった。

 「無事であったか、何よりじゃ」と奥からシヴァ神が姿を現した。すると、それまで下にも置かれない様子だったパパカンダヤーナは、シヴァ神をそれと悟り、彼を礼拝して挨拶の言葉を述べた。
「これは、有難きお姿を!貴方を敬礼しこうして礼拝いたします」
「バレたか?わしに挨拶は無用じゃ。ただの爺さんと思って付き合え」
「畏れ多い事です。シヴァ神様。まさか、かような所に」と、パパカンダが恐れ入っていると、シヴァ神はその手を取って彼を立ち上がらせ、奥へと誘って行った。

「あのお方は、シヴァ神様なので?あなた方のお連れの方なのですか?!」カヴィ・サルマンが驚いて尋ねた。
「はい。私達の守護神です。あなた方もこれで安堵なさいませ」恐縮しているカヴィに対して、今度は麻衣が明るく答えた。
「さあ!ともかく奥へどうぞ」

                      ☆

 一行は『ayur deva』の応接に落ち着いた。パパカンダヤーナは、医院の静かなその応接間で一同に対して礼を言い、シヴァ神に対しては再度、礼拝した。カヴィ・サルマンは、師の隣に座を占めた。
 医院を雲井と楠に任せて神山は、パパカンダが海野に語った事を再度尋ねた。特にパパカンダがその過去生において「釈迦だった事がある」と言った事について詳しく聞いてみたかったのだ。



「貴方が、その過去生で釈迦であった時とは、いつ頃のことですか?」
「私の過去生の更に過去の事です。確かに私は、釈迦と号し、仏陀を称しておりました。弟子は大勢おりましたが、王朝の名前や援助してくれた王の名などは忘れております」
「では、今がいつなのかご存知ですか?」
「いいえ。ですが、私が釈迦であった頃から数えて、概ね二~三百年以上は経っているでしょう」
「貴方の思想は今、どうなっていますか?」
「私の思想?さあ。どうなってしまったかは知りません。それとて相対的なものですから」
「貴方は何をお説きになっていらしたか、ご記憶でしょうか?」
「特にこれと言って何も・・。私が説き聞かせました様な事は、誰もが説いておりました。生じては滅して行く、この世界の様子や自我についてです。弟子たちも共に考え、自我も含めて、それらもまた共に滅しては、また生じる、事物の本質を論じ合った記憶があります。河の流れと共に、自我もまた流れて行く。存在するとされる全ては、その様な姿なのだと。この様な事しか説いてはおりませぬが、私に着いて来てくれた者達とは、今でも見えぬ絆で結ばれていると思います。共に滅し、また共に生まれる、この全体像をとらえる事だと知った者達です」
 
 神山はここであっと!息をのんだ。この人は、若しかするとほんとうに・・と。だが、パパカンダの主張する年代と、釈迦の生きた時代とでは差が開き過ぎている。ここは紀元前五世紀のインドなのだから。また、これと似た様な事は確かに、他の思想家たちも説いている。
 顔には出さずに神山は、さりげなく、或る経典の切れ端をパパカンダヤーナに見せた。
「これはあなたの御考えになった事でしょうか?」
「さあて、これはまるで愚痴のような事ばかり書かれていますね。私の弟子に、こんな事を言っていた者もあった気はしますが」
「では、これは如何でしょう?」
「私は、遺体や遺骨の崇拝者ではありません。これは他の人の考えです」

 神山はここで話題を海野に譲った。海野も科学者の視点からこの人物の主張を掘り下げたかった。

「転生ってどういう事でしょうか?あなたは活仏というのをご存知ですか?」
「さて、それは古来よりインドにある考えで、私もそれを信じておりました。仏陀は何度もこの世界に現れ来たり、菩薩もまた然りと。別に私だけが言っていたわけではありませんが」
「この世界に釈迦はまだいないか、それともとてもお若い筈なのです。存在したとしても、まだ貴方の半分ぐらいしか生きていないか、この世界に釈迦はまだ存在してはいないかです。貴方が釈迦であったお方でしたら、この世界に釈迦は生まれないという事になりはしませんか?だって、遠い過去に貴方、つまり釈迦は、既に教えを説き終えて死んでいる。釈迦の考えの片鱗でも、いまこの世界にあったなら、貴方の言う事を信じましょう。しかし、この世界では釈迦の事をまだ、誰も知らない。過去に貴方が、既に説き終えた思想なら、今この世界に釈迦の片鱗でも記録があるはずなのです」
「それなら先ほど、どなたかがおっしゃっておられましたね?アショカ王とか言う名を。このインドラにそのような名の王は聞いた事がありません。ご覧になってお分かりの様に、我が国は、このマドラで交易を行ない、平和に栄えております。我が国の王は穏やかな国を作り、戦を避け、盟友と交易圏を作る事で国を守って来ました。我が国の周囲は、この交易の盟約を結んだ国々で、広く固められています。ですから安全に旅が出来、交易も盛んなのです」
「それで、王は何という方で?」海野が尋ねると、神山もゴクリと、音を立てて生唾吞みこんだ。
やっと年代の手掛かりが掴めるかも知れないのだ。カヴィ・サルマンは一同を見まわして言った。
「シンハヴィシュヌ王と言う方です。数年もすれば私もその方にお仕えする事になるでしょう。

                        ☆

 神山は困惑していた。シヴァ神までが慌てていた。
 そんなはずは無いからだ。
「海野先生、どうやらこの時空にも既に、『般若』が為している、時空間の捩れが影響を及ぼしています。時代がおかしいのです。シンハヴィシュヌ王は、もっとずっと先、何百年と言う先の年代に登場する人物で、釈迦もその思想の片鱗さえ残していないこの紀元前の時空に、シンハヴィシュヌがいる訳が無い。困った事になりました」
「時空の捩れか・・。『般若』の奴がそんな悪さを」海野には『般若』の少年としての姿が思い出され、少年の姿をした彼が、哀れでならなかったのだ。
「我々のいた時代にもおかしな事象が起きた結果、世界が滅びかけている様に、この古代インドにも明らかにその影響が大きく出て来ている」
「釈迦はどうなるんですか?パパカンダヤーナとか言う、あの人が釈迦だったと言うのなら、あの人と釈迦とを対峙させたら言いじゃあありませんか」海野が得意の大声を出した。
 これにはシヴァ神も同意せざるを得ない。無論、神山もだ。
「わしが、あのパパカンダヤーナを過去生へと誘ってみようではないか。これに賭けてみるしか無いでは無いか。あの者がもし万が一、その過去生で釈迦であったなら、この時空の捻じれが与えてくれた、唯一の幸運と言えるだろう。時空が滅茶苦茶なのを、わしも見落としておった」こう言いながら、シヴァ神が珍しく肩を落としていた。
 
 この時空には、元いた時代は通用しないのだ。釈迦の若き時代ならあったはずの大国同士の戦争は起きてはいなかった。この時空のインドには、統一王朝と言うものは無いのだ。国々どうし交易や、文化の交流で国の民衆を大切に守り、高い文化と教養とを国同士が広げ合う世界になっているのだった。
 カヴィ・サルマンを海野があんなにも疑ったのは飽くまでも、元いた世界の常識で、この世界では武士も武力で国を治めるのではなく、もっと現実を考えた政治を実現していたのだった。殺し合いや破壊からは、恨みや怒りが循環する。パパカンダヤーナがその過去生で釈迦だった時、彼はきっとこう説いていた。その他の思想家たちにも同じような考え方が根底にあったのだろう。とりわけ釈迦の思想だと言って、残っているものの無い理由が、これで理解出来る。既に釈迦の思想はこの時空に、平穏で豊かな文明社会を残す結果になっていたのだ。戦争はこの時空では最も卑劣で、非合理的な手段として卑しめられていた。武士であるカヴィ・サルマンが高い教養を持ち、浄行者の弟子として仕えているのも、これで頷ける。
「賭けてみる価値は、十分にありましょう!」と、神山は強い口調でシヴァ神に進言した。海野も無論、これに賛同した。



 姿に現わせば少年である『般若』の怒りを鎮め、元の穏やかな智慧の姿へと返すには、パパカンダヤーナの言葉と優しさが、大きな効果をもたらすはずだ。結論はこうして、思いもかけない所から出たのだった。
「事物の生起し、滅する様子の全てを受け入れる。自我もまたこれと同じ事なのだ」簡単そうで、こうは中々、思い切る事が出来ないばかりに、般若の概念が肥大化し、哀しい少年の姿となった事を、釈迦が見たら悲しむだろうか。優しく諭すだろうか?少年の純粋な怒りは静まるだろうか?
 賭けてみるだけだ。シヴァも覚悟を決めていた。
釈迦であった時、彼は弟子たちと共に考えた。「共に生じ共に滅する。自我もまた、これを繰り返すのですよ」と。
 こうして静かに語られた、パパカンダヤーナの過去生は、確かに仏陀の否、釈迦の考えに一致する。
 
 シヴァ神に従って、ここに集う全員が、異次元空間の少年『般若』を鎮めに行くのである。武力を頼まず、優しさと言う心だけを持って。
 
 一方、パパカンダヤーナは、シヴァ神の雲に載せてもらいながら既に、眼を瞑ってその過去生へと、自我を移していた。釈迦であった過去生へ・・・。

 (続く)

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Last updated  2024/05/22 02:27:45 PM
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