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カテゴリ:百人一首ゆかりの地
春の夜の ゆめばかりなる 手枕に
かひなく立たむ 名こそ惜しけれ 周防内侍 百人一首67番、周防内侍の歌。 周防内侍は平安時代後期の歌人で、後冷泉・後三条・白河・堀河の四朝に仕えた女房だった。 仕えた最後の天皇、堀河天皇ゆかりの「堀河院跡」をこの歌の“ゆかりの地”とした。 場所は御池通沿い堀川通から東に入ってすぐのところ。 京都市立京都堀川音楽高等学校の入口に石碑がある。 京都の南北を貫く幹線のひとつ「堀川通」。また、関西で音楽を真剣に学んでいる人々の間では、「あの子、『ほりかわ』に行ったんやて」と話題になる『ほりかわ』というワード。 堀河天皇(1079‐1107)は白河天皇の皇子で第73代天皇。この地にあった堀河院に長く住んでいたそうだ。 堀河天皇は音楽に長け、特に笛の名手であったという。そういう天皇の里内裏の場所に音楽高校があるのは、都らしい縁を感じる。 仕えた周防内侍もこの辺りで古参のバリキャリウーマンとして生活していたのだろう。 石碑のあるところから西に歩くとすぐに、二条城の東南隅櫓が見える。 京都市立京都堀川音楽高等学校 京都市中京区油小路通御池押油小路町238-1 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.09.25 12:00:14
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