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日本の長男の名前、一郎と太郎さらに、○一郎・○太郎までいれるとどれぐらいいるのだろうか?アメリカでは代表的な男子の名前はジョンのようです。
桃太郎をピーチジョンと命名した会社がありました。 2008年の正月NHKの番組で、イチローの家庭が紹介されました。 愛妻:弓子さん 愛犬:一弓(柴犬、一郎の一と弓子の弓でいっきゅうと命名) 愛車:カレラGT(日産のCM契約があるので普段は紹介できない) 朝食:結婚してから毎朝カレーを欠かさず食べています。 夫人と一緒の写真は昨年のオールスター前日のニューヨークのパレードのときのものです。 イチロー展示ルームのパンフレットです。 記念館と呼ばないのはまだ現役で活躍しているからでしょう。 2階の展示はカップトロフィーなどです。 3階は小学校からのイチローが小学校から中学、高校、オリックス、マリナーズ時代の使用した野球用品、バット・グラブ・ユニホームなどです。 ほとんどがミズノ製品です、プロになってからはイチローモデルです。 靴はアシックス、サイズは28.5センチです、私はアシックサ。 プロに入ってからの活躍は皆さんご存知のことと思います。 小学校から高校まで使用したの学習机、おもちゃ、趣味などに関した品物に興味をひかれました。 机の上の大きなウルトラマンの目覚まし、ドラえもんのシール等が貼ってありました。 国語辞書はボロボロ、小6の家庭科で作ったエプロンに「田尾をもどせ」の刺繍、中日の田尾選手が西武に移籍しファンとしての気持ちが現れています。 趣味の貨幣収集などの展示物から几帳面さを感じました。 中学から高校に進学するとき、高校の監督に「甲子園に行きたい」ではなく「プロの選手になりたい」と一歩うえの目標を掲げていました。 世界のイチローになったのは、イチローの周りの人たちにも恵まれていたのかもしれませんが、野球への情熱、几帳面な性格、人前では見せない努力と本人の素質だとおもいます。 右投げ左打というのもバランスがいいのかもしれません。 最後にイチローの原点とも言うべき空港バッテングセンターに行きました。 このバッテングセンターは広いので打撃の球筋がわかりやすいとおもいます。 85キロから120キロの球速を選べます、将来のイチローを目指す姿もみられます。 イチローは小3から中3年まで毎日通ったそうです。 高校の時は合宿生活でしたが、家に帰ったときここですごい人に出会います。 「あれが中京高校の4番打者か」なんと今日本ハムで活躍している稲葉です。 WBCを通じて友達になったそうですが、このときは言葉を交わさなかったそうです 私はこの日はタキシードなのでバッテング体験は断念しました、ここで練習すると世界の勘助になれるかもしれません。 チチローをはじめ、まだまだ紹介したいことはありますが今回はここまでにしたいと思います。 イチローは天才ですが、それ以上に努力のすごさを痛感しました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.09.24 18:00:41
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