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・・・雨の朝、昨日までは暖かく一足飛びの春を思わせたが如何せん今朝は逆戻りの寒さ・・・
三寒四温そのものの様相で寒暖の差は激しいものがある、春先はいつものことだが季節の変わり目は惰性の日常を変えてくれるもので、怠惰な己にとっては必要不可欠なケジメと緊張感を思い出させる風物史の一つでもあるネ・・・。 怠惰と惰性の日常を脱却するには一人だけでは如何ともしがたい処もあるのが人間で、必要に迫られて初めて行動するという側面が強い自分では外的要因が重要です。つまりは主体性が無い?と言うことなのでしょうが生来の気質とも言えるので受け身のままでこれからも生きるしかないだろう・・・思う。 昨今の日本国内の情勢は危うい方向へと向かっていないだろうかと心配に成る、政治情勢は特に野党の劣化は甚だしく政治をしてないのは明らかで、反対の為の反対をしてるだけで政治家たる国民を代表しての政策提案や論戦をしている風には見えない状況が続いている国会だ。 揚げ足取りや思想にカブレた議論に終始しまともな政治は為されてないままに時間は過ぎて国家にとり喫緊な法案や政策は蔑ろにされたままにされているのが現実だろう。日本を取り巻く情勢は危機に満ち溢れているにも拘らずどうでもよいような重箱をつつく論議に時間と税金を使い日本弱体化へと野党は煽り立て、安倍政権を引きずり下ろすことに恣意的に国民を向かわせている。 捏造報道に余念のないメディア各社は野党を焚きつけて政治の停滞を図ってきた感がある。事実を蔑ろにしたまま憶測や捏造・作為的な報道を繰返し国益を損ね続けるメディアと野党は反面教師の鑑だろうネ。 アカヒは慰安婦問題を捏造し世界に日本を貶める虚言情報を垂流し続けた挙句、世界は嘘も百篇言えば本当に為る、最悪の結果を作り上げたアカヒ新聞は国家反逆罪で即日廃刊で宜しいだろうネ。慰安婦像を世界各地で並べ続ける愚弄の土台を造り上げたアカヒ新聞は市中引き回しの上にさらし首でもまだ足りないだろう。 時代遅れの思想にカブレた一信教的な発想で自ら絶対を貫き、思想から外れた人々を教化しようと画策し続けてきた愚かさには辟易で、化石の様な柔軟性のない思想からは人々の自由などは生まれないのは明らかだが、オカルト的な化石思想を信じて止まない人達も60年代の安保闘争の残滓としてこの時代にも残っている、化石赤化思想に被れた抜けきれない世代の見本のようなメディア各社の一群・・・。 オリンピックでは選手たちの言動の素晴らしさが賞賛されたが、成績だけではなく取り組む心の問題が重要であることを教えられた我々だが、知識や技術ではなく取り組む姿勢の問題が何事にも重要なことだと教えてくれたにも拘らず、未だに旧態依然のままの取り組みで事に当たろうとしているメディアや野党の政治家達は成長しないままで、国民からは愛想をつかされていることにいい加減気付いて欲しいが無理だろうネ、そのまま自然消滅して欲しいのが国民の総意だろう・・・。 お金や物も重要だろう、知識もテクニックも必要だろう、やはり根底に在るモノは心・精神であり、仏造って魂入れずで、気の抜けた日当のサイダーよろしく心の精神の歪んだ・曲がった人の行いからは、人の為に成るようなことは生まれないし、逆に害を撒き散らすだけでしかないネ。 ・・・戦後教育の集大成とも言える昨今の荒れ果てた日本国内の情勢、政治・経済・教育現場・会社組織や労働組合から発生し続ける不正や矛盾の数々、人倫を踏み外しても尚恥を知らない人々の発生は一体何を物語るのだろうか? 知識のあるバカは使いようが無い、と昔の人はいみじくも言ったが、しかし現代の社会情勢は知識のある優等生達の集団が固めている中で起こっている事ばかりでもある。エリートが会社を潰すと言われる程にまで成り下がってしまったエリート達は知識偏重で心を精神を見失った集団と化したかのようだネ。 ・・・世界でも稀有な日本の心、独特かも知れない慈悲心や思い遣り、自己犠牲の心、荒廃し廃れてしまった心からは何も生まれない、心の貧相を充填し笑顔や助け合う他者を思い遣れる心を取り戻すべく何事か、各々が考え直す日本に為っている現在の状況と言える、そうでなければ厳しい断捨離の世界が来ること必定だろうネ、生きずらい世の中にしたのは我々でもあるし省みなければいけないだろう・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018年03月19日 20時11分37秒
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