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さて、母が、突然、二人の姉達を連れて家を出た当時、
ぼくの楽しみが増えた。 土曜日にバスを乗り継いで母達のアパートを訪れる楽しみだ。 日曜日の夕方には、荒川の土手を一人歩いて家路についていた。 その時の寂しい気持ちは今でも忘れられない。 ぼくの心に虚無がすみつき、 そこに穴を開け始めたのは、あの寂しさ辺りだったからかもしれない。 それでも、土曜日のアパート通いは、ぼくの楽しみだった。 あの頃、二-ル・セダカの恋の片道切符が流行っていた。 アパートの階段で、足を止めて、 チュウチュウトレインと言うフレイズをよく聞いたものだった。 母の別居は一年で終わり、 ぼくの楽しみも終わった。 その頃、兄夫婦に子供ができたが、 兄嫁のつわりが見ているのも辛いほど酷く、 おそらく、家族全員が憂鬱状態に陥っていたであろう。 兄嫁がどこで出産したのかは知らないが、 ぼくの甥っ子はめでたくこの世に生まれ出てきた。 ぼくにとっては初めての甥っ子ではなかったので、 特別な感慨はなかった。 でも、ぼくの楽しみは増えた。 長女の子供達と兄の子供をぼくの家来にできたからだ。 この頃、兄は新しいパートナーを得て、 そうとうに儲けて、 庭に新居を建てた。 勿論、家族総出で土台工事から初め、 隣の大工と知り合いの左官によって、 二階建ての新居は完成された。 殆どの建具は兄の手によっていたのは勿論である。 ぼくは、ここで、33歳まで暮らしていた。 この家も、今はもう無い。 これも寂しい事である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.10.05 17:42:46
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