ほんの刹那、いつもと変わらぬ何百数歩目を踏みしめたあの曲がり角、いっしゅんの閃光、錯覚?光景ではない、網膜は何も映し出さない。空気でもない、温度は変わらない。萌えたつ遠くの新蕾の振動なのか、ドブ河からたちのぼる化学物質なのか、頭上ではじける鳥類の羽音なのか、轟音けたたましい大型トラックの排気ガスなのか、full of suspects but circumstantial evidence only.あなたの声を聞いた気がした、空耳だ。だけど心臓の周りの筋肉が収斂するような感覚は現実だ。懐かしいのか悲しいのか訳の判らない困惑。記憶による幻覚。引金はなんだったのだろう?あの頃の匂いに取り囲まれる、景色が変わる、雑音が消える、私はここにいて、ここに在らない。楽しい愉快なワクワクする好奇心と外界の刺激に歓喜しっぱなしの、ちいさな自分がおおきな人に手をひかれ歩いた土手っぷち、その草むらの匂い、安心感、土の匂い、期待感、至福の匂い。まばたきひとつで終わる幻覚。気のせいだ、次の歩を進めなければ。いやそれは身を守る嘘誤魔化しだ、しかしもう既に私はここに在る。コンクリ仕立の埋め立て地、不機嫌な通行人の流れに乗って、立ち竦むこともなく私は歩く。