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新【ぼくの細道】

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2018.08.08
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太宰治『富嶽百景』を読む 十九回
 そのころ、私の結婚の話も、一頓挫のかたちであった。私のふるさとからは、全然、
助力が来ないということが、はっきりわかってきたので、私は困ってしまった。せめて
百円くらいは、助力してもらえるだろうと、虫のいい、ひとりぎめをして、それでもって、
ささやかでも、厳粛な結婚式を挙げ、あとの、世帯を持つに当たっての費用は、私の仕事で
かせいで、しようと思っていた。
 けれども、二、三の手紙の往復により、うちから助力は、全くないということが明らかに
なって、私は、途方にくれていたのである。このうえは、縁談ことわられても仕方がない、
と覚悟をきめ、とにかく先方へ、事の次第を洗いざらい言ってみよう、と私は単身、峠を下り、
甲府の娘さんのお家へお伺した。
 さいわい娘さんも、家にいた。私は客間に通され、娘さんと母堂と二人を前にして、悉皆の
事情を告白した。ときどき演説口調になって、閉口した。けれども、割に素直に語りつくした
ように思われた。
 娘さんは、落ち着いて、
 「それで、おうちでは、反対なのでございましょうか。」と、首をかしげて私にたずねた。
 「いいえ、反対というのではなく、」
 私は右の手のひらを、そっと卓の上に押し当て、
 「おまえひとりで、やれ、という具合らしく思われます。」
 「結構でございます。」
  母堂は、品よく笑いながら、
  「私たちも、ご覧の通りお金持ちではございませぬし、ことごとしい式などは、かえって
  当惑するようなもので、ただ、あなたおひとり、愛情と、職業に対する熱意さえ、お持ち
   ならば、それで私たち、結構でございます。」
  私は、お辞儀をするのも忘れて、しばらく呆然と庭を眺めていた。目の熱いのを意識した。
 この母に、孝行しようと思った。


  
  太宰治さんと石原美知子さんを引き合わせたお方です。
  井伏鱒二さんが、この二人の中を取り持ったのです。 
  僕が鱒二さんに初めてお会いしたのは、福山市の奥の加茂町粟根のご実家での法事に、
  家内の父の代理で出席した時でした。甲府や太宰治さんの話で酒がすすみました。
  以後、荻窪のご実家で、しこたま飲まされたことなど思い出深く残っています。
  土地の人はイブセでなく。イブシと呼んでいました。





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最終更新日  2018.08.09 19:24:13
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