As’s HOLE ~ぼくのプレミアライフ~

2007/03/04(日)01:32

若手が育つのはいいが

Premier League(171)

先日行われたカーリング杯決勝はチェルシー対アーセナルの戦いだった。 普段リーグ戦で出場機会を得られていない若手選手にとっては絶好の舞台ではあるが、クラブ側から見ればそれ以上の価値は少なく、日程のハードさもあって必要性の是非が叫ばれているこのカップ戦。 同じ1つのタイトル、と普段と変わらないベストメンバーを組んできたチェルシーに対し、大会を通して若手選手を起用してきたアーセナルは、この日も若手主体のメンバー構成で挑んだ。 試合は前半、見事なワンツーからウォルコットがゴールを決めアーセナルが先制。しかしすぐにドログバのゴールで追いついたチェルシーは、後半にもドログバがゴールを決め勝利を収めた。 どちらもビッグクラブとはいえ、ベストメンバーのチェルシーに対し常にゲームを優位に進めた若手主体のアーセナル。ベンゲルの先見の明や整備されたスカウト網、そして積極的に起用できる大胆さ。若手の積極起用について1,2年前は批判していたぼくだったが、それらの選手がいまやレギュラーに定着し、アーセナルの名に恥じないプレーを披露していることは素直に賞賛できることだ。しかも以前と以後でチームのスタイルがそれほど変わっていないのだから、クラブのベンゲルに対する信頼性の高さと、ベンゲルの自身のスタイルに対する自信が見て取れる。 ただ1つ譲れない問題がある。 実例を挙げれば、カーリングカップで先制点を挙げたウォルコットは以前から肩を痛めており手術も予定されていた。しかしながら、これが延期されたようなのだ。理由を聞かれたベンゲルの答えはこうだった。 「カーリング杯でディアビが怪我をしたからだ。  彼(ウォルコット)が来シーズン問題なくスタートするためにも、  私は手術を受けさせたかった。  それは大掛かりな手術ではないが、彼にとって必要だった。  幸い今のパフォーマンスは非常に良いし、ゴールも決めた。  それは我々にも、イングランドにとってもいいことだ。」 アーセナルにとってはここでウォルコットがいなくなれば選手層が薄くなり、今後の過密日程を乗り切るだけの体力が落ちることもあって、若さもあって多少は無理をさせたいところだ。しかし、だからこそここで手術を受けさせるのが良いのではないだろうか。 ウォルコットからすれば試合に出たいのはもちろん、そのようなチャンスがあれば100%以上の力を出してアピールしようとする。それが普通である。しかし怪我があるのであれば、いくら若くても無理をさせてはいけない。怪我の無いサッカー選手なんて皆無なのは分かっているが、治せるものなら早めに処置しておいたほうがいい。万が一無理をして一生ものの傷にでもなればどうするのか。それによってウォルコットのキャリアが短くなったら、その後の保障を全てアーセナルが見るのか。試合に出すのも監督の仕事なら、出さないのも監督の仕事である。性格に問題があるのなら仕方ないが、怪我をおして出場させるのを止めるのも監督の仕事である。若いからこそ無理が出来るのと同時に、若いからこそ怪我による負担を少なくさせるべきなのだ。ルーニーや同じアーセナルのセスクのように蓄積による怪我の少ない選手が若い頃から活躍している例もある。しかし彼らは彼らであって、ウォルコットはウォルコットである。 チーム事情がそれを許さないこともあるだろう。しかし放っておけば、今はよくても来シーズン、再来シーズンにウォルコットがルーニーやセスクと違った道を辿る可能性もある。その時になって「手術を受けさせていれば・・」と思わないことが、アーセナルにとってもイングランドにとっても、ウォルコットにとってもいいことではないだろうか。 ほな、また。

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