四方山話に夜が更ける

2009/06/15(月)17:23

ソウルフル・キス step 5

続きものショートショート(66)

   「ねぇ、圭子。前世って信じる?」 「前世?」 「そう。人は何度も生まれ変わるんだって。私はたぶん、今ここに生まれる前も圭子とは 知り合いだったと思う。だって、高校の入学式の日にバスの中で知り合ってから、毎日  一緒に学校に通うようになって、今日まで23年間も友だちやってるんだもの。縁がある に決まってる」 「そうね。そうかも知れないね。それなら、私と賢ちゃんはきっと前世でも夫婦だったかも しれない」 「そうだよねー。圭子は賢ちゃんとどうしても結婚したかったって言ってたもんね」 「賢ちゃんは私を救ってくれると思った。ずっとずっと愛してくれると思った。賢ちゃんは 本当に優しくて、私にしてくれる全てのことに感謝しているのに、それをありがとうの ひと言でした表現できない自分が歯がゆいよ」   以前の圭子ならこんな風に言いはしなかった。まるで心にある全ての気持ちを誰かに 伝えておかなければいけないというように、オブラートに包んだような言い方をすること がなくなった。  「圭子でなくて、どうして私でなかったんだろう」 「え?」 「ベッドの上にいるのが私で、ここにいるのが圭子だったらよかったのに。圭子は賢ちゃんと こんなに愛し合っているのに」 「なにかあった?けんかでもした?」  なんにも・・・そう言ったら、涙が溢れてしまった。圭子の前で泣いちゃいけないのに。圭子の 前では笑顔でいて、圭子にだって笑っていてほしいのに。愛を語る人の前で、幸せを 演じるのは容易ではない。  「大丈夫。いつものことよ。圭子のところのように何年経ってもいちゃいちゃしているほう がめずらしいのよ。どこのうちも夫や妻に不満のひとつも持っているってものですよ」  私はおどけて笑ってみせた。もう私と夫の間には何日も会話がなく、話題を見つける 気持ちにもならない。その寂しさを圭子の兄と身体を重ねることで紛らわしているなどと、 言えるはずもなかった。  「私も圭子のように、夫と手を繋いで寝てみようかな」 「うん、そうしてごらん。きっと幸せな気持ちになれるよ」                                                   「そうかもね」と答えながら、私は日に焼けた剛史の大きな手を思い出していた。私の 心も身体も支配し続ける力強い手だった。笑顔は上手に作れたと思う。圭子の大きな 目が安心したように私に微笑みかけた。                                                    つづく                *このお話のストーリーはフィクションです。   

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