月夜の魔女
「昨日の料理はヒットだったな」 「どれの話?」 「鶏のささ身のやつ」 「ああ、あれ簡単なのよ。 ささ身を開いて大葉と梅肉をのせて、もう一枚のささ身を合わせてから塩コショウと お粉をはたいで焼くだけ」 マカオに行った時にかった少々重いのが難点の、素朴な花柄の大皿を水切りかごに入れながら、無駄と知ってか 知らずかマコは料理音痴のぼくに作り方を説明する。 少しだけ鼻を上向きにさせているのは、料理のことを話す 時のマコの癖だ。 悲しいことに、ぼくにできる家事と言ったら、マコの洗った食器を力強く磨き上げることくらいで、 結婚して何年も経つというのに、その食器をどこにしまったらいいのかさえも覚えることが出来ない。 「ねえ、散歩に行こうか」 キッチンの窓から三分の一ほど欠けた黄色い月がくっきりと見える。 時計を見ると、七時半を少し回っていた。 「いいね。散歩に行こう」 ぼくがボトルの底に残ったワインをグラスにあけて飲んでいると、2階からマコが降りてきた。胸元が大きく開いた ライトブルーのサンドレスを着ている。 「夜だというのに、サンドレスかい」 「そう、夜だからサンドレス。 悲しいことに香水でなくて虫除けスプレーの匂いがしているのが残念だけど」 そう言ってマコが笑った。 「都会の魔女も、月夜には黒い服は脱ぎ捨てるんだね」 「そう、だってこんなステキな夜だもの」 マコが昼間素肌を出しているのを、もう何年も見ていない。 黒い服と長袖の服が彼女の素肌を包み込む。 紫外線が彼女の肌のアレルギーを悪化させるからだ。 「さて、出かけようか。 なんならドルチェまで歩いてもいい」 「一時間もかけて、たった一杯のサングリアを飲むために?」 「そう、たった一杯のサングリアを飲むために」