チビ僕

2006/12/13(水)23:01

創作小説『赤い涙』 2

小説(21)

気が付くとそんなことばかりをぼーっと、本を開いたまま考えていた。 この本、あんまり面白くないな。 きっと私はこの作者とは好みが違うんだ。 こうゆう感じの作品って無難で、だからこそ人気があったりするんだよね。 無難に幅広い人に好かれるような感じの作品、最近多いよなぁ。 なんかもっと独特な感じの作品が読みたいな。 心を奪われてしまうような、展開がつかめないでそわそわしてしまうような、読み終わった後もう何も考えられなくなってしまうような、そんな作品。 最近全然読んでないなぁ・・・。 ガタッと何かが揺れてぶつかったカラッとした音がして視線を上げて見ると、燈子が携帯を持って急いで出て行く所だった。 「あっ、煩くしてごめん。」 どうやら携帯に電話が来たみたいで、燈子の焦っている様子からすると大事な人からなのだろうか。 燈子はそのまま1時間ぐらい図書室から出て行ったまま、帰って来なかった。 私は読み途中の、あまり自分とは気の合わなそうだと思った作者の書いた本を本棚に戻した後、膨大な本の中から適当に選んでそれを読み始めた。 その本は、女の子同士の恋の話だった。 ようするに世間一般的に“レズ”と言われている人達の話だ。 私は夢中になって読んだ。 本の世界にのめり込められるような感覚があり、その後の私の記憶はほとんどない。 そこで私という人間の感情はシャットアウトされて、もうすでにあの本の中の世界の住民になっていた。 主人公である美奈は普通の女の子で、普通というのはこの小説の中では“レズ”じゃないということを示す言葉が多い。 そして美奈のことを好きになってしまう普通じゃない女の子、この物語の重要人物である幸子。 普通じゃないと書かれているたびに、ものすごく悲しくなっていた。 幸子は確かに周りにはいないタイプで、独特な感じの子だけど、考え方とかものすごく魅力的で自分に素直な女の子だった。 ただ好きになってしまった相手が同姓というだけで、普通じゃないと書かれてしまう幸子のことを考えると切なさでいっぱいになった。 これは作者の狙いなのだろう、よく出来ている話だ。 彼女が言う『でも、私は言うことが出来た。だからそれで幸せなのよ。』というシーンがものすごく衝撃的に書かれていた。 その言葉だけを並べれば別に特に来るものはなく、レズという立場で言ったと考えると少し切ない気持ちにはなるだろうけど、それだけで。 だけどこの小説のすごい所は、その前のエピソードが巧みに組み込まれていて、この言葉一つのためにいろいろなことが起こっていたみたいな感じだった。 幸子は美奈が好きだったけど友達でありたかった。 そうすれば彼女の隣にい続けることが出来ると、ちゃんとわかっていたからだ。 でも気持ちには嘘をつけない、しょうがないという言葉では片付けたくはなかったけれどそんな風に幸子は言う。 『思春期には不思議なパワーがあって、皆そのパワーに耐え切れないから感情がすぐに高ぶったりするんだ。妙に寂しくなったり、居場所を求めたり、生きていてもしょうがないのかなって思ってしまったり、でもそうゆう気持ちなんて大人になったらなくなってしまうものなのよ。なくなるっていうか、そう思わなくなるの。思春期の子供というのはそんなことで馬鹿馬鹿しく悩んでしまうものなんだってさ。そうゆうのは思春期の子供たちの感情としては、当たり前なんだって。じゃあ、何で私はこんなに切なくなったり、こんなに悲しくなったり、こんなに苦しくなったり、必死になって答えを探しているんだろう。いつかは感じなくなってしまうような感情、しかも答えなんて出てこないような、人によってはそんなことで悩んで馬鹿みたいって思う人もいる様なことで、必死になってる。不思議よね。私たちの年代の人間は皆、そんな風に居場所を求めているんだから。大人になるとそんな気持ち、忘れてしまうのかもしれないけど。でも私そんなことで、答えの出ないような、悩んだってしょうがないようなことで悩んでしまうことが、とても愛おしく思えるのよ。何で私がそんな風に感じるのか私にもよくわからないけど、生きるということだけに必死になる姿はとても眩しくって。そこには無駄なんてことは一つも無いのよ。私たちが生きていくうえで大事なことなんだって思う。だから私が今抱えている気持ちも、いつか消えてしまうものかもしれない。思春期の私は、寂しくってしょうがない私は、誰かに必要とされたいって思ってるし、居場所を求め続けているんだ。それは今も。この気持ちは理解されないけど、でも確かに私の中に存在するのよ。美奈は世間一般的に言う“普通”とはちょっと違うから、私は貴方に気持ちを言うことが出来たのよ。それは貴方の人柄が、私を受け入れてくれたから。幸子はそう言うと、美奈としっかりと向き合いながら眩しそうに目を細めて笑った。』 それはとても短い小説で、気づいたら最後まで読んでいた。 冬の夜は真っ暗で寒かったけど、そんなことは頭から消えていて、ただ私はその本の中の幸子の気持ちに酔っていた。 余韻に浸りながら、ああこの余韻がずっと消えなければいいのにと思った。 妙に心の中が穏やかで、口の中の空気が生ぬるい私の体温と一緒で、体は妙に熱っぽくって守られているみたいで安心する。 そのままどれくらいの時間が流れていたのだろうか。 気が付くと机を通して目の前には燈子がいて、机に顔を埋めながら眠っているみたいに動かないでそこに存在していた。 燈子の真っ白い肌が、冬の寒さと暗さのせいでより一層白く透明に見える。 パタンと本を閉じると、燈子がその音で顔を上げた。 何も言わずにじっとこちらを見てくるその綺麗な顔は、似合わない作り笑顔を私に一瞬向けてから気まずい様子で目線を外した。 「ごめん、起こしちゃった?」 「ううん、寝てないよ。」 「そう。」 「うん。」 静まり返ったこの空間の中には、私と燈子と大量の本と本の匂いと冬の寒気さと、思春期の人間の寂しさと優しさが存在していた。 燈子は私に何か言いたそうな感じだったのでものすごく気になったけど、それを無理やり聞こうとは思わない。 知りたいけど、それを知るにはとても勇気がいることだ。 燈子の様子は電話で出て行く時と帰ってきた今とでは明らかに違って見えるし、今この場の雰囲気の重さは異常だ。 それは燈子から発しているものだけでなく、確実に私からも発しているものだ。 燈子と私はちょっと似ている気がする。 そう思うのは私だけかもしれないけど、気まずくなるとすぐ黙り込んでしまう所とか、作り笑顔が妙に胡散臭い所とか、小指を立ててしまう癖とか、そんな小さなことが似ている。 そんなことを思えば、彼女が最近この図書室に住み着きだしたのも理解出来るような気がした。 本の埃っぽい匂いと冬の凛とした空気のちょっと切ない匂いが交じり合っていて、心がとても痛い気がした。 確実に今の私も燈子も、誰かの温もりが恋しいと思っているのが雰囲気で感じることが出来る。 私は燈子に言える言葉が見つからず、黙り込んでいた。 昔から私は自分の都合が悪くなると黙り込んでしまうのだ。 「ふられた。」 静寂を破るような声が、凛とした冷たい空気にすっと溶ける。 その声は何となく、悲しみとか寂しさとか、そうゆうものを隠すために冷静を保とうとしているもののように聞こえた。 何となく、だけど妙な自信がそこにはあった。 そう思っているに違いないとかいう少しでも曖昧な感じではなく、絶対にそうだ、というような感じに。 「でもね、私そうゆう人が発する雰囲気とか読み取るの上手いから、何となく相手が離れていくの・・気づいてたんだ。ほらあんたもそうでしょ?私たちって似てるよね。なんかそんな気がする。」 燈子は私が思っているよりもずっと大人びた表情で、ちゃんと大人の人の声が出ていた。 それが、燈子が人よりも大人に近い生身の人間のように感じさせたのだ。 私は彼女のいいたいことがはっきりとわかったし、それは彼女も同じように私がそのことをちゃんと理解出来るとわかっていた。 「・・・そうかもね。」 この狭い空間の中には、大量の本が無造作に並べられている。 それはまるで私たちの今を表しているようだ。 私の世界はとても小さい。 でも、可能性をたくさんもっていることを私はちゃんと知っている。 それは小学生の頃、私がまだ大人に偏見を持っていなくて先生の言葉を素直に受け止められていた頃、見につけたものの一つだ。 私たちの世界はこの空間と同じように今はまだ狭いかもしれないけれど、そこにある大量の本のように、まだ見えぬ広い世界へと繋がっているのだ。 本の中の物語のように、それぞれがそれぞれの別々の物語が。 自分にしか読むことの出来ない、自分の物語をこれから少しずつ創っていくのだ。 「伊沙子はさ、もう少しその雰囲気をどうにかしたほうが良いよ。あんたのそうゆう、ちゃんと自分持ってるところは良いと思うけど、そうやって他人拒否してるのは、勿体無いよ。物語の中じゃなくても、面白いものはたくさんあるよ。」 燈子の言葉がまるで稲妻のように(稲妻って今一よくわからないけど)、私の心を突き刺した。 それは私自身も気づいていながらも、気づかないふりを、自分を騙してまで隠しておきたかった思いだった。 「うん、そうだね。」 「何、素直じゃん?」 「・・・っていうかたぶんさ、自分が今いる世界があるから、物語を面白いって思えるんだろうね。」 「ああ、なるほどね。」 なぜだろうか。 私は燈子の言葉は素直に聞き入れることが出来るのだ。 それは私のまだ発展途上の体の中にすっと沁みこんでいった、まるで私の体の一部になったみたいに。 next→3

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