「もののふの 矢橋の舟は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋」
これは、室町時代の源宗長という人の和歌で、「急がば回れ」の語源になったと言われています。
今回は、「ひきこもりと琵琶湖」の話をします。
では、冒頭の和歌の意味を説明します。
「もののふの(武士)の」は、急ぐ人の意味で、矢橋の「矢」と武士の持っている「弓矢」を掛け合わせて、「戦に急ぐ人」というほどの意味です。「矢橋(やばせ)」は、滋賀県草津市の琵琶湖にある舟着き場の意味で現在も地名が残っています。
「瀬田の長橋」は、古くからある「瀬田の唐橋」のことです。
全体のまとめると、「琵琶湖を渡るのに、渡し舟を使うのが一般的には早いけれど、波や風があることもあるので、結局は、回り道して瀬田の橋を渡った方が、確実で早く着く。」という意味で、この和歌の「急がば回れ」の部分が、ことわざになっていると言われています。
余談ですが、私は子供の時に、琵琶湖畔で自分の家族と従弟の家族でキャンプに行ったことがあります。その際、貸しボートで従弟と二人で漕ぎ出し、波風が強く危うく遭難しそうになったことがあり、叔母に、「うちの子を道連れに危険なことをして」と叱られたことがあります。
身をもって、琵琶湖の波風が強く「急がば回れ」を体験しました。(笑い)
<急がば回れの和歌を絵にした浮世絵(中央の橋が瀬田の長(唐)橋)>
我が家では、子供が小学校高学年から中学校3年間、ひきこもりで、特に中学校では3日ぐらいしか行っていません。
それでも、高校入試のために塾に行って、無事、合格して、高校に入ってからは、ほとんど休んでいません。それどころか、高校3年になってからは、土日も試験や勉強に行っていて、ほとんど休んでいません。かわいそうなほど、頑張っています。
教訓としては、世間的には「ひきこもり」でも、子供は自身で考えているので、嫌がる時に無理矢理に学校に行かせず、自分で行く気になるまで待つことも必要なのかと思います。
まさに、「急がば回れ」ですね。(もちろん、本人がやる気になるのがいつかは、わからないので、親としては、毎日、5分でも話す機会をもち続けて、待つことが重要なのかと思います。)
これは、大人にも言えます。あせっても、時期が来るまでは、急がず待つということも必要かなと思います。
「自分(の成功)にふさわしい時期がくるまで、ひたすら待つということも、大切なこと。」
(フジ子・ヘミングウェイ 音楽家・画家)
<フジ子 ヘミングウエイの自筆の絵 「幼き日の思い出」>
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