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オーベルジュ あかだま フレンチ島宿。

オーベルジュ あかだの生い立ち

オーベルジュ「あかだま」         

2002年12月末に大島大橋の近くにレストラン「あかだま」を移転オープンし、オーベルジュ「あかだま」となりました。地元の新鮮な食材を使ったすばらしい料理を、郊外の美しい風景とゆったりした店の雰囲気の中で、お客様に楽しんで戴きそのまま泊まってもらう。このような、レストランに宿泊施設がついたスタイルの店をオーベルジュといいます。フランスのブルターニュ地方や地中海に面した海辺の町ではしばしば見つけることができます。
 私の生まれ育った町大島は、山の緑、きらきら光る海、五島灘に沈む夕日、そして新鮮な魚介類が自慢の自然豊かな島です。もともと両親が食堂をやっていて、幼いころから働く姿を見て育った私はなんの迷いもなく料理人の道に進みました。とは言ってもそのころの私はまだフランス料理を一度も口にしたこともなく、当時テレビ放映されていた料理番組を見て憧れやみんなに食べてもらいたいな、という漠然とした気持からでした。そんな私が本物のフランス料理に出会ったのは、高校卒業後進んだ大阪の調理師専門学校のヨーロッパ研修旅行でした。三ツ星レストラン・ポールボキューズというフランス料理界の巨匠が作った料理となれば、学ぶことよりもそれを食べることの喜びが強く、ただただ驚きと感動の連続でした。研修を通じて本物のフランス料理を肌で感じこの道で生きていく決意を固めました。
 調理師学校卒業後、東京のフランス料理店で9年間修行、そのうちの二軒目のお店が料理の鉄人・石鍋裕の店で三年弱学び料理に対するものを学びました。もっといろんなことを勉強したいと思っていた矢先に母親が他界。東京に残るか大島に戻るかで悩みましたが、母親が愛していた店を継ぐ事が父親も含めて一番いい選択だと戻る決意をしました。
1991年秋に、赤玉食堂から三代目の私がフレンチ料理も食べれる洋食の、レストランあかだまをオープンしました。
あかだまという名の由来は、母親の父が、戦前・戦中、佐世保商工会議所近くで赤玉食堂を開業して、戦争で一旦無くなりましたが、商売人の血を受け継いだ母が、大島出身で板前の父と大島の地で、赤玉の暖簾を二代目として始めました。その場所は、大島町役場横で、1968年ころです。
平成11年11月11日(1999年)に、大島大橋が開通し、大島もより便利に行き来が出来るようになり、地元のお客様はもとより、島外のお客様が訪れていただくようになり、ちょうどレストランあかだまも、10年が過ぎようとしたころ、お店の改装と重なり、今後10年先のことを見据えると、このままで行くより、よりお客様を喜んでいただけるものを作ることが大事だと思い、より自然あふれる・海が見える・駐車場・天気のいい日はテラスで食事ができる場所・より遠くの人が来て頂ける宿泊施設があるものをやらないといけないように思い、この不況の中でも、よりお客様に喜んでいただけるものを作りあげれば、料理とともに、満足してもらえるもの、それは小さくてもいいからオーベルジュを経営することだと思い、二年の構想準備を経て、2003年1月にグランドオープンしました。構想の三割程度の施設しかありませんが、より満足していただけるものをよりがんばって増やして行きたいと思います。
 店の評判は田舎でフランス料理を食べられるということで好評を戴いています。メニューに行き詰まらないよう東京の友人と情報交換し、都会の緊張した空気の中に身を置いて客観的に大島を見つめ、料理人としての気持を奮い立たせるようにしています。これまで地方のレストランは中央からはずれた存在というマイナーな捉え方をされがちでした。しかし、スローフード・地産地消のこの時代にこそ、その土地の産物を生かしたその土地でなければできない味に注目されつつある現在、私は日本のフランス料理に地方の時代を作っていきたいと思っています。         



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