392887 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

気の向くままに♪あきみさ日記

気の向くままに♪あきみさ日記

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Profile

あきみさっち

あきみさっち

Calendar

Category

Comments

じゅん♪@ Re:さんまのまつり(06/19) 「さんまのまぬけ」でいーじゃん😡😡😡😡
あきみさっち@ めろんぱんさんへ いつもありがとうございます(^^) それにし…
めろんぱん@ Re:ハンチョウ5 第2話 おはようございます。 私も今回は何と言っ…
あきみさっち@ めろんぱんさんへ こんにちは。 ハンチョウ5、始まりました…
めろんぱん@ 全く同感です。 私も仕方な~く、早送りしながら見ました(…

Freepage List

Keyword Search

▼キーワード検索

2007.11.01
XML
カテゴリ:風林火山おまけ
 その男に初めて遭ったのは、府中は躑躅ケ崎館の周囲、家臣たちの居館が並ぶ一画にある、山本勘助の屋敷を訪ねたときであった。
 元は信濃佐久郡の地侍である相木市兵衛は、二年前に勘助の誘いに応じて甲斐に降り、以来信濃先方衆として武田家の信濃攻略の先陣を任されてきた。
 躑躅ケ崎館の近くには市兵衛も屋敷を与えられており、戦が終われば府中へ戻り、屋敷内に暮らす妻子とも再会できる。
(何のことはない、人質だ)
 武田に心を許したわけではない市兵衛は、冷ややかにそう思っている。
 勘助がなぜ武田に仕官したのか、未だに本心のところでは分かりかねていた。
 それでも勘助の才覚に一目置いている市兵衛は、「いずれ信濃を治めるは武田」と語る勘助に、ついて行こうという気になった。
 そして二年前の長窪城の戦いにおいて、市兵衛は主であった大井貞隆を裏切り、武田に勝利をもたらした。
 戦国の世の習いである。強きところを見極め、それにつかねば、地方の小豪族は生き残れぬ。
 生き残るだけではない、戦功をあげれば恩賞として所領拡大も夢ではない。
 武将としての盛りをこれから迎える市兵衛には、そんな野心もあったのだ。

 夏の宵であった。山国だけに昼間の暑さは日が沈めばゆるむ。生ぬるい風に頬をなぶられながら、市兵衛は手土産の徳利をぶらさげ、勘助の屋敷を訪ねた。
 酒好き、話好きな市兵衛だったが、屋敷にいてもこれからの戦局や戦術など肚の裡を語れる相手はいない。
 まして、一時期生死不明とまで言われた勘助が、無事生還したと聞いてはじっとしてはおられぬ。その日府中に戻った市兵衛は、屋敷に落ち着く暇もなく、勘助に会いに出て来たのであった。
 勘助は独り者で、屋敷内には家来の一家族が住むだけだから気兼ねが要らぬ。市兵衛は我が物顔で、勝手知ったる敷地内に足を踏み入れた。
「勘助、おるかぁ」
 いつもの調子で声をかけ、縁側に腰かけようとした瞬間。
 常と違う気配に、市兵衛は身を強張らせた。
 ───誰か、いる。
 それも、ただならぬ雰囲気を身にまとった者が。
 抜き身の刀で撫でられたように、うなじをひやりとしたものが走る。
 …その気配はすぐに止み、そして
「これはこれは相木様…」
 片足をひきずりながら、腰を低くして勘助が現れた。
「誰か、おるのか」
 知らず声をひそめて訊いた市兵衛に勘助は、宵闇のなかにも強い光を隻眼に湛えて答えた。
「真田幸隆様が」
「真田…殿が」
 そうだ。勘助の存命を知らせた百足衆は、真田幸隆が許に身を寄せていると言っていた。
 勘助が真田を欲しがっていたのは知っていたから、そのときは勘助が生きていたこととも併せてただ嬉しかったものだが…
 先に感じた殺気のせいか、なぜか苦いものが、乾いた喉に飲み下す唾に混じった。
「おあがり下され。お引き合わせいたしましょう、ちょうどよろしゅうござった」
 面白くなさげな市兵衛の顔色には気付かぬまま、いや気付かないふりをしてか、笑みを浮かべて勘助は促した。
 それで仕方なく、市兵衛は縁台に草鞋を脱いだのだった。

 外からは死角になっていた戸板の陰に、その男は座っていた。
 縁側に突っ立つ市兵衛にまなざしを軽くあて、
「真田幸隆でござる。お初にお目にかかる」
 低いがよく透る声で述べたかと思うと、傍らの太刀を掴み、すっと立ち上がった。
 そうして席を空けると、勘助の斜め隣に改めて腰をおろしたのだ。
「…どうぞ、相木様。お座り下され」
 意表を突かれた市兵衛は、勘助の声に我に返り、ぎごちなく部屋の奥へ歩み入った。
(この男…)
 胸の裡を気取られたか。そう勘繰れば、首筋に淡く熱がのぼる。
 しがない地侍に過ぎぬ相木氏に対して、滋野一族の傍流である真田氏の方が格上にあたる。
 しかも真田幸隆といえば、滋野一族嫡流・海野家最後の棟梁、海野棟綱の女を母に持つ。
 名家を鼻にかけてのうのうと上座に陣取るようであれば、わずか二年とはいえ、先に武田家中に入ったは己だと告げてやろう…この一瞬に、そんな思念が市兵衛の胸に湧いていたのだった。
 だが、その振る舞いはあまりにも自然で何のこだわりも感じさせず、かえって市兵衛は面喰らった。
「ささ、相木様…」
 勘助の差し出す酒を杯に受けながら、市兵衛はその横顔をしげしげとながめずにいられなかった。
 無遠慮な視線にも、真田は動じない。勘助が市兵衛について何事か語るのを、静かに杯を口許に運びながらまなざしを伏せて聴いている。
(長い食客暮らしを余儀なくされたはずだが…)
 無為の日々が長く続けば続くほど、倦み疲れるか、焦りでぎらぎらしたものが、容貌に色濃く滲むものだ。
 しかしそのどちらもうかがえないほど、真田は泰然自若としており、敵国にただひとり降った敗残者の面影は露ほどもない。
 仄暗い燈篭の灯りを受けながら、微妙な陰影がかたどるその横顔の線の厳しさ、誇り高さに、思わず市兵衛は見惚れていたのかもしれなかった。
「…先ほどは、失礼いたした」
 不意に、真田のまなざしが市兵衛をとらえた。深い響きを伴った声が耳をうつ。
「え、…」
「それがし、いつ討手がかかるとも知れぬ身ゆえ…」
 市兵衛が現れた際に発した、殺気のことを詫びているらしい。
「いや、それがしも驚き申した。それがしを斬るおつもりかと勘違いしたくらいで」
 勘助の軽口を遮り、市兵衛は訊かずにいられなかった。
「用心はするに越したことはなかろう。おぬし───主筋を裏切って武田についたと聞き申したが」
「…さよう」
「なぜ武田に降った。武田は滋野一族を小県郡から追い出した張本人であろう」
 先刻の苦い味が再び口内に蘇り、市兵衛は問いながら一息に杯を乾した。
───真田様に逢うことはできなんだか…
 あれは、市兵衛が甲府に赴き、躑躅ケ崎館の武田晴信に伺候して間もない頃だった。
 屋敷に招いた市兵衛を酒肴でもてなした勘助は、市兵衛が酔って寝ていると思い、家来の報告に残念そうに溜息をついていた。
 敵方の武将をひとりでも多く引き込めば、それだけ経略は有利に進む。当然の話ではあるものの、何か面白くない気分が市兵衛の胸にわだかまった。
───なんとかなりませぬか。
 すがるように訊ねてくる勘助のなかに、市兵衛は己を説得したとき以上の熱意を感じたのだ。
(真田幸隆、何するものぞ)
 市兵衛とて、若く気概に燃えた武将である。己の戦功を自負してもいる。
 信濃先方衆の第一人者である己の立場を、後から来た者にみすみす渡すわけにはいかない。
 そんな市兵衛の気負いを知ってか知らずか、真田は何かに想いを馳せるようにまなざしを漂わせ、次には驚いたことに、その薄い唇に笑みを浮かべたのだった。
「なぜ、か───そうじゃな。勘助の口車にのせられたかのう」
 一瞬の沈黙のあと、勘助が吹き出す。
「何を仰る。それがしの口車にのせられるような真田様ではござりますまい」
 静かに笑って、真田は杯を傾ける。だが、その眸は笑ってはいない。
 真摯な、冷たいほどの光を湛えたその眸に出逢ったとき、ふと市兵衛は、底知れぬ深淵を覗き込んだような感覚に襲われた。
 言葉での説明は無意味だと、そのまなざしが、むしろ雄弁に語っていた。己の信義は、己の生き様をもってのみ立証できる、と…
(…こんな男が、信濃にいたのか)
 地方の一豪族で、ましてや一浪人で終わる器ではない。このとき、市兵衛はそう予感していた。


CONTINUED


◇続き





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.11.01 11:13:53
コメント(0) | コメントを書く
[風林火山おまけ] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.