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テーマ:心にのこる出来事(94)
カテゴリ:冒険少年の憂鬱
続きものですので(1)からお読み下さると嬉しいです。
その日は、山間のまだ新しそうな温泉旅館が宿だった。宿泊用の宿は殆どがビジネスホテルで、しかも個室だったので、温泉宿でスタッフ数人が一緒の部屋というのはなんだか新鮮だった。みんな浴衣やスウェットを着てくつろいでいた。踊り子さんも同じ部屋に集まってわいわいといろんな話題で盛り上がったり、楽しく過ごした。 まるで修学旅行さながらだ。それにしては、ちょっと薹が立ちすぎているのだが。 久しぶりに本格的な大浴場がある旅館なのだ。ゆっくり温泉に浸かりたいな、やっぱり。などと、思いながら、みんなと楽しく語り合っていたら、入るチャンスを失ってしまった。 仕方なく、みんなが寝静まってから、1人のんびりと温泉気分を堪能すことにした。それには、もう一つの理由もあった。ある役者さんと一緒に入りたくなかったからだ。 これからお話しする内容が分かりづらいといけないので、ここで、もう一つの理由を、かいつまんでお話ししておかないといけませんね。 実は、この旅が始まった時から、ある役者さんが、それほど露骨じゃないのだけれど、色々と絡んできていた。食事中に自分の天ぷらをボクに「せいつけてね」と良いながらくれたり。劇場ですれ違うときに、特大コーンビーフの缶詰(なんんでコーンビーフ?)をくれたり。不気味な行動が目立っていた。どう言うつもりなのかは、大体察しは付いたのだが、なるべく軽く交わすようにしていた。 ある時など、ホテルの個室でくつろいでいると、ピンポンとチャイムが鳴り、覗き穴から覗くと、外にはグラス2つと洋酒を持った、その役者さんが嬉しそうな顔でたっていたので、あわててシャワーをひねって、音が聞こえるようにして無視をしたりしたこともあったのだ。 「昨日、いっしょに飲もうと思って、部屋にいったのに」 翌日そういわれ、 「すみません、たぶんその時シャワー浴びてたんだとおもいます」 とかわした。 そんなこんなで、少しずつエスカレートしてきていた事もあってその役者さんとは行動を別にするように心がけていたのだ。 と言うわけで、0時を過ぎた頃に、ひとりで大浴場に浸かっていた。 その日は、月がとてもキレイで、窓辺の石に腰掛けて、まったり気分を味わっていた。 遠くからスリッパのすたすたと響く足音が近づいてきた。どうも脱衣所に入ってきたような気配だ。せっかく1人でのんびりとお湯に浸かって月見を決め込んでいたのに、、、。貸し切りでもないわけで、まぁ、仕方ないよな、などと、ぼやきつつも、視線を月にもとした。 カラコロカラコロ、スーゥっと、扉が開いた。 扉が閉まったと同時ぐらいに振り向いた。 ガァ~~~~ンと鐘が鳴ったかの様に、頭の中にそんな音が響き渡った。例の役者さんが、うっすらと笑みを浮かべながら、そこに立っていた。 「ひとり?」 ー分かってて、確認してるだろ 「そ、そうです」 ーなんで、こんな時間に入ってくるんだよ!寄りにも寄って!ナンデ?どうしてアンタなんだ!見張ってたのか、そうとしか思えないぞ。 彼は終始薄笑いを浮かべながら、カラダを洗い出した。ものすごく簡単に洗い終わり、そして音もなく湯船に入ってきたようだ。 波打つ湯面を見て気が付いたのだ。知らん振りをして窓辺で月を見上げていたので、気づくのが遅くなった。それでもまだ月を見上げていた。平静を装って。 「月がきれいなの?」 「えっ、ええ」 彼は、ゆっくりとボクの方に近づいてきた。 ボクはビクッとして、直ぐに立ち上がった。 「洗いますね」 洗い場の方に背中を向けて座り、カラダを洗った。 後ろから話しかけられていたが、適当に相槌を打っていた。 頭を洗っていると、嫌な予感と共に殺気を感じた。ふと目を開けると隣に彼が腰掛けていた。あえて反応はしなかったが、ホントはひどくびっりしていた。そして彼は、さっき洗っていたはずの頭をもう一度洗いだした。 ーなんで、また洗うんだ? ーなんのつもりなんだ? ー冷静に冷静に、ゆっくりお湯にでもつかって考えよう 気持ちは焦っていたんだけれど、痛い目に遭わされるワケでもないので、とりあえず、カラダを洗って、もう一度お湯につかった。 思った通り彼も手際よくカラダを洗い、後を追うようにお湯に入ってきた。 「月、きれですよね、満月は過ぎたようですけど。。。」 それから、ボクは変な雰囲気にならないようにと、仕事のことや旅のことを次々と喋った。それでも彼は少しずつボクの方にすり寄ってきて、そのつどボクは少し離れる。その繰り返しだった。 ーもう話題も尽きてきた。どうしよう。 その時、太ももに変な感触が走った。やばい!触ってきたぞ。 その瞬間、すっと立ち上がり、 「もう上がりますね、お先です・・・。」 そう言うが早いか、そそくさと脱衣場に逃げだした。 ーほっ、これで何とか大丈夫だ。 その時、お湯から上がる音がし、ピタピタピタピタと濡れた床を叩くように歩く足音が、深夜の風呂場に響き渡った。 ー来たぁぁああっ! つづく、、、 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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