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テーマ:旅のあれこれ(10282)
カテゴリ:旅の中の日常
グリニッジ・ビレッジは、無名のバンドが普通のバーで演奏していたり、ギターの弾き語りだけしているカフェがあったりと、長い夜を楽しむのには絶好の場所だ。
食事を取ってからが、大人の時間だ。ライブ自体も9時か10時にならないと始まらないので、ゆっくり食事をしてから、出掛けても間に合うようになっている。 その夜はどことは決めずに行き当たりバッタリで、良さそうな店を適当に選んで入ってみることにした。最初に入った店は、アンティークな感じの広めの店だった。もうすでにバンド演奏は始まっていた。 サザンロック系の泥臭いロックだ。店の雰囲気といい、バンドの演奏といい、何だか南部に来たような雰囲気だった。銘柄は忘れたが地元のビールだと思われるような名前のビールを瓶で頼んで飲みながら、バンド演奏をたのしんだ。 次に入った店は、ブルースバンドの演奏が渋くて、2バンドを聴いた。後のバンドは、結構な年のおじさんバンドだったが、スローなブルースに泣きのギターがなかなかマッチしていて、アメリカの音楽層の厚さを感じていた。バーボンが古い感じのカットグラスに注がれて、店の中を行き交っていた。ウェイターにお金を渡し、グラスを受け取りぐいっと一口飲む。安物だけど香りの高いバーボンが喉を刺激する。そしてバスドラの音が下腹部を鈍く押すように響いていた。 店の客達は、話に興じたり、演奏を聴いたり、黙って酒を飲んだりと、それぞれが自由に楽しんでいる感じだ。居心地が良かったので、この店では、かなり長居をした。 店を出て夜中のウェスト・ビレッジの街を歩いて大通りまでタクシーを拾うつもりだったが、ちょっと飲み過ぎたせいか、コーヒーを飲もうと言うことになった。 と言うよりもう少しこの街に居たかったのかも知れない。 ギターの弾き語りが店から聞こえてきたので、どうせならライブを聴きながらコーヒーでもと思い、店の人に、 「コーヒーだけでもいいですか?」 と訊ねる。 「いいよ、どうぞどうぞ!」 と背中を押される。 店の中に入ると、若い男性が歌い終わったところだった。ボクたちはコーヒーを注文して、ステージからいちばん近いテーブルに座った。コーヒーが出てくると同時に。若い女性シンガーがギターを抱えてステージに立った。ステージと言ってもフロアーの続きなのだ。 最初の歌が始まったジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」だった。アレンジが少し違っていたがなかなかセンスのいいアレンジで聴かせてくれた。2曲連続で歌ったあと少しMCが入る。これから歌う歌を作ったときの話をしていた。 話しながら、こちらの方をチラチラ見ているなっと思っていると、 「そこの3人さん、旅行で来られたんですか?」 どうもボクたちに話しかけているようだ。 「そうです」 話しかけられるとは思わなかったので、ちょっとドギマギした。 「どこから来たの?」 「日本からです」 「めずらしいね」 「そうなんですか?」 「観光の人は、この店にはあまり来ないからね、楽しんでいってね」 「ありがとう!」 さっきオリジナルだと言っていた歌が始まった。メロディラインはスザンヌ・ヴェガっぽい爽やかな歌だった。それから数曲連続で歌って彼女の演奏は終わった。 次に出てきたのは、ドブロギターを持った暗そうな青年だった。 ブルースっぽい曲だが、演奏が下手であんまり聴く気にならなかったので、みんなで話を始めた。 その時、入口から目つきの悪るい3人が入ってきた。その場で少し立ち止まり、店の中をぐるっと見渡し、店の奥へと入っていた。 「あいつら何かやばそうだし、もう出ようか」 「そう? どうヤバイの?」 そう聞き返されたけど、ボクは立ち上がって、早く出ようと促した。店からでると通りの向かい側に、くだものを売ってる店が開いていたので、朝食用にとグレープフルーツとリンゴを買った。 店員は、めんどくさそうに袋に詰めてくれ、お金を渡すと袋を差し出した。 その時、さっき居た店の方から銃声が三発響いた。 「隠れて」 そう言って店員は店の中に入っていった。 ボクたちは、店の棚の後ろに隠れて店の方を見つめた。 動くと危なそうだったので、しばらくその場で身を隠していた。 「きっとさっきの奴らやね、危なそうやったしね」 「なんで分かったん?」 「外人でも危ない奴は目つきが違うって」 「そうか」 その時、パトカーがけたたましいサイレンを鳴らして店の前に止まった。3人の警官がピストルを構えて店の中に入っていった。 静まりかえった通りにはパトカーのランプだけが赤々と輝いていた。もう大丈夫だと思いさっきの店とは反対の方向に歩き出した。 少し歩くと大きな通りが有ったはずなのだ、そこでタクシーを拾おうと思った。 グリニッジ・ビレッジの夜は、まさしくアメリカだった。映画よりも強烈にボクたちの脳裏に刻まれた。 イエローキャブを止めて、果物の入った袋を強く抱えて車に乗った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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