2020/05/12(火)20:07
【北朝鮮】雲隠れしていた金正恩の意図と決意
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雲隠れしていた金正恩の意図と決意 西村 金一 2020/05/11 08:00
雲隠れしていた北朝鮮の金正恩委員長は5月1日、元気な姿で、「順川(スンチョン)燐酸肥料工場(北朝鮮での呼称)」の竣工式に現れた。
重篤説・死亡説の後の金正恩の出現だったので、このことに焦点が当てられ、我々はこれらのニュースに踊らされたが、実際は、別のことに重大な問題が隠されていたことが分かった。
金正恩氏は、4月12日の最高人民会議や4月15日の金日成元主席が眠る太陽宮殿参拝を欠席しても、順川の化学肥料工場の竣工式に出席した。
太陽宮殿参拝を欠席しても、この工場の竣工式に出席したい極めて重大な理由があったはずだ。
長く不在していたにもかかわらず、なぜ、このタイミングで竣工式に現れたのか。
この工場は、化学工業部門のモデルで、新しい化学工業の拠点として完成した。表向きは、今も欠乏している食料を確保するため、化学肥料を使用してそれを解決するためのものということだ。
金正恩氏は今年最初に視察したのが、建設中であった順川のこの施設であった。
その際、「2020年に完成すべき党の最も重要なプロジェクトである」ことを強調していたので、新型コロナウイルス感染症が恐ろしくて、竣工式に欠席するというわけにはいかなかった。
順川のこの施設は、本当に肥料製造工場なのかと、首をかしげたくなるほど特異なことが多い。
いくつかの軍の司令部、大講堂、研究施設らしい施設があることからも、燐酸肥料を製造することが主な目的ではないようだ。
また、金正恩氏が視察する動画において、説明用の看板にぼかしを入れる必要は全くない。
さらに、CIA(米中央情報局)が過去、順川の化学工場の基礎説明資料を極秘として作成し、2008年にリリースされたものがあったが、その10ページほとんどが削除されている。
その他、米国研究機関の報告資料には、2つの化学兵器工場が存在すると記してあった。
順川化学工場報告資料表紙(Top Secret)
© JBpress 提供 出典:https://www.cia.gov/library/readingroom/docs/CIA-RDP79T00909A000400010015-6.pdf
金正恩氏が建造を急がせ、コロナ感染の恐怖の中であっても竣工式に参加したこの工場は、特別な製品を作ると考えるのが妥当であろう。
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そこで、以下の3つについて説明する。
①金正恩氏が工場竣工式に出席した理由
②順川の施設は、肥料工場ではないこと
③順川の工場の主な製品は、弾道ミサイルの個体燃料だ
工場竣工式に出席した理由
金正恩氏は、元気そうだった。歩く時、左足を曲がりにくそうに引きずるのは、以前、訪中のために出発する際の儀丈隊を閲兵するときの映像にもあったので、今回、新たに生じたことではない。
雲隠れ中に足を手術したとは考えられない。心臓の手術については、心臓の血管にステントを入れて血管を広げる手術だと、日本では1泊2日もあれば十分で、通常の生活に戻れる。
開胸を必要とする冠動脈のバイパス手術だと、6時間程度かかる。肉体の負担も大きく、痩せ衰える。
1~2週間で退院はできるが、身体全体が弱々しくしくなり、見た目ですぐに分かる。20日間ほどでは、元に戻れない。私事だが、自分の母や兄が何度も同様の手術を行ったのでよく分かる。
もし、金正恩氏が冠動脈のバイパス手術や弁の取り換え手術を行えば、衰弱して極端に痩せるはずだが、その形跡もない。健康上の問題はないと判断できる。
金正恩氏は、今年1月に順川のこの工場視察を行っていた。今年最初の視察であった。この時、「2020年突破の都市の最初の年に完了する最も重要なプロジェクトだと激励」して、完成を急がせた。
その後、5月1日に竣工式への出席が、2回目の視察であった。金正恩氏がいかに力を入れているかが分かる。
順川の施設は肥料工場ではない
(1)1年半で急速建設
順川化学工場は、順川を流れる大同江の西岸に位置し、順川駅の裏に面している。順川は、北朝鮮のほぼ中央にあり、ここで生産されたものは、北朝鮮全土に運搬が容易である。
すなわち、戦略的に好位置にある。
この施設は、1969年頃から米国CIAが注目していて、化学兵器工場であると睨んでいた。2017年6月撮影の38ノース写真を見ると、すべての施設は明瞭に写っていた。
ところが、2018年9月のグーグルアース写真を見ると、表門のそばのいくつかの施設を除き、ほとんど破壊されていた。
経済制裁を受けつつも、建物は、その1年7カ月後には完成した。北朝鮮政権が、いかに力を注いできたかが分かる。
つまり、極めて特殊な施設であるということだ。
順川工場 左:2017年6月、右:2018年9月撮影
© JBpress 提供 出典:グーグルアースおよび38ノースの衛星写真
(2)順川の施設の特殊な部分
5月1日の視察では、現場に大がかりな立て看板が立てられ、その内容にぼかしが入っていた。現場で見るのに、立て看板がいるのか、そしてぼかしを入れる必要があるのか疑問が生じる。
つまり、立て看板で、秘密保全しなければならない部分があること、その内容のぼかしは、絶対に知られてはいけない内容が含まれていると考えられる。
ただの肥料工場であれば、このようなことをする必要がない。
立て看板により、その背後が見えないようにもなっている。何らかの秘密が潜んでいることが分かる。
工場の施設を見ると、アンモニアを製造するコークス炉とその付帯設備は見えるが、燐酸肥料を製造する工場とは認められない施設がいくつかある。
司令部、講堂、研究本部、教育施設、その他の組み立て工場とみられる施設である。
また、それぞれの施設は、北朝鮮の工場にしては美しすぎる。肥料工場に、これらの施設が必要だろうか。全く必要ではない。
しかも肥料工場であれば、精密機械を製造する施設とは異なり、外観上美しくなくてもよいはずだ。
視察に集まった観衆を見ると、前方から3分の1ほどのところに、帽子と服に緑のラインが入った制服を着た少数グループいる。
見たことがない制服なので、特別な研究者・技術者なのだろう。その後列にいるのが、全体の3分の2ほどの軍人たちだ。
肥料製造に多くの軍人がいることは不自然であり、当然、軍用品を製造するためにいると見るべきである。
それも全体の3分の2が軍人なのだから、この施設は軍用目的の施設だと評価できる。
順川駅が隣にあり、工場で使用する材料や生産した製品を、列車で運搬が容易にできる。
また、駅との境や北側の入り口付近には樹木が植えられていて、外部から簡単に見られない処置がされている。秘匿性が高い施設であることを証明している。
燐酸肥料を製造する順川の工場全景
© JBpress 提供 出典:朝鮮中央通信の写真に筆者が説明を加えた
順川化学工場から南東約6キロにあるビナロン製造工場には、住居施設である高層ビルがあるが、ここにはない。
ここに居住スペースがないのは、有毒ガスを発生する可能性があることから、それらは、ここから離れたところに建設されているのだろう。
これらの施設と比べても、順川の工場が特殊な工場であることを証明している。
(3)以前の順川工場は化学兵器製造工場だった。
米国の研究機関によれば、北朝鮮は、8か所の生産工場でリン酸塩・アンモニウム・フッ化物・塩化物・硫黄・など軍民両用の化学製品を製造し、これらを化学剤に転用している。
北朝鮮が保有している主な化学剤は、韓国国防白書によれば、VX、サリンなどの神経剤、マスタードなどのびらん剤、ホスゲンなどの窒息剤、青酸などの血液剤など17種類がある。
北朝鮮全体の生産量は、2010年までに2500~5000トンに増加している。
製造工場には、第13(咸興)、14(順川)、15(不明)、16(南興)、17(温井里など)、18(不明)、27(元山)、36(沙里院)工場があり、順川は第14工場(大隊)という名称だ。
第2経済委員会の第5機械工業局(核・化学・生物兵器を生産)隷下の一つの工場である。
(4)燐酸肥料の原料は、弾道ミサイルの推進薬や化学剤になる
燐酸肥料は、燐酸アンモニウムでもある。
①燐酸は、サリンなどの化学剤の原料となる。
②アンモニウムは硝酸と化合して硝酸アンモニウムとなり、弾薬用の火薬(発射薬と爆発する炸薬)ができる。
③アンモニウムと過塩素酸を化合させれば、過塩素酸アンモニウムとなり、ミサイルの個体燃料(推進薬)ができる。化学肥料の製造過程の延長で、弾薬の爆破薬、弾道ミサイルの個体燃料(推進薬)、サリンなどの化学剤を製造することができる。
主製品は弾道ミサイルの個体燃料
金正恩は死、各種弾道ミサイルを開発した。
実戦配備するスカッド約500発、ノドン200発、火星12・14・15号用の液体燃料をすべて固体燃料に変換し、潜水艦発射の北極星1・2号用、短距離弾道ミサイルおよび超大型多連装ロケット弾を大量に保有するためには、かなりの固体燃料が必要になる。
実際に戦争で使用するとなると、予備のミサイルを含め数多くのミサイル用の固体燃料が必要になる。
今、この施設が実際に稼働しているかどうかは不明だが、稼働すれば、大量のミサイル本体を製造できる。
ここで製造した大量のサリンを弾道ミサイルの弾頭部に搭載することもできる。
これまで、北朝鮮は弾薬が不足していたが、大量の爆薬を製造することで、大量の弾薬も製造できる。
米国研究機関が5月5日、北朝鮮が2016年半ばから、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の組み立てができる施設を新たに建設している疑いがあると報道した。
順川の工場が機能し、ICBMの固体燃料を大量に生産し、この施設で組み立てれば、大量のICBMが完成することになる。
2018年6月シンガポール、2019年2月ベトナムで、米朝首脳会談が行われたが、その後、北朝鮮は中長距離弾道ミサイルを発射せず、核実験を行ってこなかった。
米国のドナルド・トランプ大統領は「金正恩氏とはとても良好な関係にある」と発言している。しかし、この間も、固体燃料を使って飛翔するミサイルの大量開発を進めていることは事実だ。
この状況をトランプ大統領は、当然知っているだろう。何を仕かけてくるだろうか。何もしなければ、「金正恩に騙されたトランプ」と悪評が起きて、選挙には勝てない。
トランプ大統領は5月1日、「我々は適切な時期に彼について話をする何かがあるだろう」と述べた。
私は、この発言を聞いて、その意味が不明だった。固体燃料とICBM施設の製造が進んでいることが判明したことで、「金正恩は米国を騙した」ということになった。
米国のコロナ騒ぎが収まれば、トランプ大統領は、何か仕かけてくるかもしれない。トランプ大統領が言った「何か」とこのことは結びつきそうだ。