「シン?どこにいるの?」
ざわざわする電話の向こうからクレハの声が聞こえた。
「どこって、家に・・今帰ってきたんだよ?
クレハこそ、どこ?」
今日は俺の誕生日で、
諌山もカズも気をきかせて姿を消してくれてるっていうのに、
あんなに約束したクレハの姿がない。
彼女は小さく、うそ、と言ってから
「じゃあ、すぐ帰るから待っててね。」
あわてて電話を切った。
クレハのきまぐれなんて今にはじまったことじゃないし、
彼女がモテルってことも、
俺一人のものじゃないことも、もちろんわかってるけど、
だから余計に、
今日は独占できるんだって期待が大きすぎて、
ひどく落ち込んでしまった。
結構待たされて、
クレハがただいまとドアを開けるころには、
すっかり不機嫌になってしまっている。
「えっと・・・ごめんなさい。」
俺の様子を見て、萎縮したクレハは、
入ってきた部屋の隅でそのまま固まっていた。
「クレハ、なにしてたの?」
すこしおめかししている彼女に聞いてみる。
「・・・そとに行ってたの。」
目をあわせないで、うつむいたままそう答える。
「どこに?」
俺はゆっくり近づいていって、
逃げられないように彼女の後ろの壁に手をついた。
「いろいろ・・。」
声が小さくなっていく。
彼女は嘘をつくのがとてもヘタクソだ。
「今日俺の誕生日だって言ったよね?」
つい責めるように言ってしまう。
諌山もカズも、そんなことでは怒ったりしないだろう。
なんて思うと、
自分の器の小ささに余計にイライラしてしまっていた。
「でも、帰りにね・・。」
彼女がパッ顔をあげて、いいわけをはじめる。
「プレゼント買って帰ろうと思ってたんだけど、
電話がかかってきたから、急いで帰ってきたんだよ。」
そんなことが聞きたいんじゃない。
俺はそのまま彼女に頬をよせて、
「なんにもいらないから、どこ行ってたのか言って?」
なるべく優しく耳元に囁いた。
ともすれば怒鳴ってしまいそうになる。
彼女は俺のことなんてどうだっていいんだろうか。
「怒らない?」
彼女は俺の手をとって、自分の胸にあてると
しっかりと俺の目を見つめた。
「もう、怒ってるから大丈夫だよ。」
ニッコリと笑いながらそう言ってみる。
彼女は泣きそうになって、
「シンのとこに行ってたの。」
と言った。
苦し紛れの言い訳なのか。
俺は今日昼間、イベントの仕事をしていた。
「俺のトコって?」
ごまかされたくないので、真剣に聞いている。
「今日、”秘密会議”だったでしょ?」
秘密会議というのはイベントの名前だ。
でもそれはファンクラブのプレミヤ会員限定の集まりで、
一年に何度か集まって、
俺のトークショーとか少し、童話の朗読なんかもしてみたりする。
まぁ、サイン会とか握手会みたいなもんだ。
(生写真やグッズも販売している。)
「クレハなんで・・・。」
彼女はそのことをどうして知っているんだろう。
詳しい日程などは、
限られたヘビーなファンにしか知らされない、
まさに秘密な会議なのに。
「いつもはね、行かないんだけどね、
今日は・・・ポスターが・・・。」
そう、俺の超特大ポスターが特別に配られたのだ。
それは会場までこないと手にはいらない。
「・・・シンはファンの女の子のこと嫌なんでしょ?
・・・だから・・・黙ってたの・・・。」
クレハは自分のカバンの中をゴソゴソとさぐり、
ファンクラブのカードを俺に見せてくれた。
会員番号がやけに若い。
「ポスターなんか、ゆってくれれば持って帰ってくるのに。」
うれしさがこみあげてくる。
「ホントにごめんね。」
俺の腕の中に身をまかすクレハがとてもかわいくて、
最高だよ、と思った。
天にも登る気持ちでキスをする
俺は今、テレビになんかとても出られないくらいの、
だらしないニヤケ顔をしているだろう。