カズくんはまた、合宿で遠くに行ってしまった。
シンも一泊だけ出張。
あたしは会社から帰ってきて着替えてから、
ワン蔵を抱いて、諌山さんの部屋のドアをたたいた。
「諌山さん、お散歩いこ?」
そう言って中を覗くと、
「・・もうそんな時間か・・。」
彼は眠そうにしながら起き上がり、頭をかいている。
「小さい時は、”まーくん”って呼ばれてた?」
諌山さんの下の名前は誠なので、そう聞いてみた。
ワン蔵のリードを持った彼は、
大きな体をしているのに小さな子犬に若干ひっぱられぎみだ。
「いや、意外と呼ばれてない。」
「じゃあ、マコちゃんとか?」
「・・・そうだな。」
そろそろ日は沈みかけていて、
オレンジ色の夕日がとてもまぶしい。
最近やっと道を覚えてたどりついた公園で、
ドックランにワン蔵をはなした。
元気よくかけていくワン蔵をベンチに腰掛けて見送る。
「二人っきりだね。」
遠くで喜んで遊んでいる小犬から目を離さずに言う。
「さみしいか。」
諌山さんは低くていい声でそういうと、
あたしの肩に手をまわして、ついでに頭もなでてくれた。
「うん。」
公園は広いけれど、他に人影はない。
あたしは彼にもたれかかって少し甘えることにした。
「でも、帰ったら二人でできるね。」
考えてみたら本当にそれは久しぶりかもしれなかった。
なんとかして時間をつくろうとする二人に比べて、
諌山さんはあまりそういうことをしようとしない。
「どうした?またなんか・・。」
なにもかもお見通しの彼は、
あたしが昼間にうけたダメージのことまで、
何故だかわかっているみたいだった。
不思議で、黙ってしまうあたしにも、
「お前が甘えてくる時は、いつもなにかあるからな。」
とすぐにタネあかしをしてくれる。
あたしも、いつもありのままを受け入れてくれる彼の前では、
すべてを隠すことなく自然でいられるのだった。
「今日、生まれたてのかわいい赤ちゃんがいた・・。」
あたしは昼間のかわいらしいその様子を思い出しながら、
彼にもたれかかったままで目を閉じた。
「欲しいのか?」
あたしの髪をまぜる彼の指を優しく感じる。
「ちがうの、そうじゃなくてね。なんか・・。」
ワン蔵が柵の向こうになにかを見つけて、
手でそれに触ろうとしている。
とどかないのがわかると、ほえていた。
「悪いなぁって思っちゃって、
そんな大事なお子さん達を、あたしのいいようにしちゃってて。」
「お子さんって・・俺達のことか。俺のことも?」
諌山さんは少し笑って、
「お前一人が悩むことじゃないだろ?
俺達はもう子供じゃないんだし。」
と言った。
でも、あたしは考えてしまう。
幸せそうな赤ちゃんのお母さんの顔。
大切にされていた、小さな命。
「奥さんはきっと諌山さんのこと”誠さん”って呼んでたよね。」
本来なら、一人の人を愛し、愛されて。
あたし以外の人は幸せになってゆくというのに。
「お前が呼びたい名前で呼べばいい。」
ワン蔵がもどってきたので、
諌山さんはあたしにまわした手をといて、
両手でワン蔵を持ち上げた。
「俺はずっといるから。お前が誰を選んでも、選ばなくても。
嫌がられない限りは、ずっとそばに。」
照れ隠しのように向こうをむいて、ワン蔵をあやしている。
「・・・なんだか、プロポーズみたいだよ?」
逃げる彼に身を寄せて、顔を覗き込んでみた。
「そうだな。」
少し赤くなっているように見えたのは、
夕日のせいだけなのかな。
「でも、お前が気が付いてないだけで、
あの二人だってしょっちゅう言ってたぞ。」
日常楽しそうにすごす彼らのことを思いかえしてみる。
愛されていることは、わかっている。
ただ、本当にこれでいいのかが、いつも不安なのだった。