めずらしく外での二人っきりのデートだったっていうのに、
クレハはなぜか終始、俺から離れて歩いて、
話しかけてもろくに返事もしない状態だった。
「疲れたよぉ~。」
家に帰ってきた途端、ガキに抱きついていっている。
「そっかー。」
なんて言いながら、
デレデレとクレハを甘やかすカズの顔を見せられると、
まったく面白くない感情に襲われた。
クレハは俺と外出しても疲れるだけなんだろうか。
大人気なく二人を睨んでしまったあと、
ふとわれにかえり、脱力して着替えに自分の部屋にもどった。
明日から仕事が立て込んできて、
なかなかクレハと会えないかもしれないのに、
また落ち込んでしまいそうだ。
着替え終わってもクレハの顔を見に行く気になれなくて、
そのまま部屋のソファーに体をしずめ、
今日はもう寝てしまおうかなんて考えていると、
「シン?」
ドアを開けて彼女がやってきてくれた。
「クレハ・・・。」
ちょっとだけうれしくなって、口元が緩んでしまう。
「あのね、これ読んでほしいの。」
クレハは持ってきた絵本を両手で持って、
俺に見えるように上にあげた。
その本は俺が朗読しているCDつきで発売された、
子供向けの絵本だった。
「うん、いいよ。」
俺が微笑んで言うと、
彼女はトコトコとやってきてストンと俺の隣に座る。
本を俺に渡したあと、
無言でそっと、俺の体に抱きついてきて、
「もう、外行きたくない。」
と小さい声が聞こえた。
「なんで?」
本を置いてから、華奢な体を抱きしめる。
クレハだ、と思うと感動のあまり震えそうだった。
今日一日追いかけていたのに、触れることができなかった。
「写真に撮られるから。」
そのまま身動きしないで、彼女はそういった。
いちおう帽子なんかかぶっていたけど、
たしかにどこで撮られるかわからない状態ではあった。
「いいのに、別に。」
クレハのやわらかい髪に手をいれながら、
「恋人宣言したっていいんだよ?」
そのほうがいいくらいだと思ってしまう。
「・・・駄目だよ。そんなの。
女のコがたくさん泣くんだからね。」
やっと顔をあげて俺を見た彼女に、
俺は唇をよせて、キスをしようとしたけど逃げられてしまった。
「思い出しちゃうから・・・。」
うつむいて辛そうな顔をするクレハを見ながら、
俺以上に俺のスケジュールを把握していることを思い出す。
明日からしばらく会いづらいこともわかってるんだ。
「・・・だからCDみたいに絵本読んで?」
俺の顔色をうかがうように視線だけ俺を見て、
かわいく首をかしげるクレハのお願いに、
逆らうことなんかできずに、さっき渡された絵本を手にとると、
ショッキングピンクの太いめの付箋がいくつかはさまっていた。
「ここのところからねぇ~。」
クレハの細い指がページをめくる。
細かく指示をされたあと、
「お姫様の名前、”クレハ”にかえてね。」
ニコニコしながら、俺の膝に頭をおいて、ゴロンと横になった。
若干丸め込まれてる感じもするけど、
それが彼女の望みならばと、
繰り返し繰り返し、
膝に彼女の寝息を感じるまで、
仕事以上に心をこめて、
お姫様の絵本をいつまでも読み続けている。