枕を抱いたままの姿勢で、目が覚めた。
会社に行かなくちゃって思った瞬間に、
「う~~~。」
ってうなってしまう。
「小百合ちゃん起きたの?」
間髪いれずにトモくんの声がした。
あたしは枕から顔をあげずに、
「行きたくない。」
ってつぶやいた。
「会社に?休んじゃえば?」
そういって、長い指で髪をなでてくれている。
「行きたくない、行きたくない、行きたくない。」
念仏を唱えるように、枕に言ってみる。
そしてまた、う~~~って唸ってからオモムロにたちあがり、
普通の声で、
「用意しなきゃ・・・。」
といって洗面所に向かった。
「どうしたの?小百合ちゃん。」
心配そうなトモくんがついてきて、
あたしが顔を洗うのを後ろで見ている。
髪を止めるゴムが見当たらなかったので、
彼の手をとって持っててもらうようにした。
会社に行ったら、つきあっている彼と顔をあわせてしまう。
彼があたしに気が付いたかどうかはわからないけど、
彼の奥さんや子供さんを目撃してしまったあたしは、
彼を見て冷静でいられるだろうか。
「昨日のドレス、気に入らなかった?
途中から無言になっちゃって、
急に帰るなんていうから・・・。」
トモくんが心配してくれているけど、
帰りたくなったのは、彼を見かけたせいだ。
「ドレスは関係ないよ。」
「じゃあ、なに?あのCM好きじゃなかったの?」
トモくんがいうその結婚式場のCMは、
幸せそうな結婚式が映し出されて、
豪華な音楽にのせて花びらがたくさん舞っている。
あたしはそれがなんとなく好きだった。
「ふってくる花が綺麗だったから好きなだけだよ・・・。」
「じゃあ、そういう式にしようよ。」
「・・・・なにが?」
顔をふきながら、鏡ごしにトモくんの顔を見る。
「俺がプロポーズしたの聞いてなかったの?」
またそんなこと言ってる。
「だって、トモくんのことよく知らないし。」
「一緒に暮らしてるのに?」
時に彼がそんなことを言う理由のほうが、
あたしには気になっていた。
「あなたにとって俺は、そんなに魅力がないのかな。」
本気なのか冗談なのか、
よくわからない真剣さであたしのことを見つめている。
「モテそうだもんね。トモくんは美形だし。」
「変わってるよ、小百合ちゃんは。
俺みたいにおいしそうなのに毎日せまられてんのにさ、
したくならない?あなたの彼はよっぽどすごいってこと?」
鏡で位置を確認されながら、背中から抱きしめられて、
トモくんはあたしの髪に顔を埋めた。
「はじめてだったから・・・。」
いいかけて、ちょっと恥ずかしくなってしまったけど、
タオルで半分顔をかくしながら、あたしは続けた。
「彼以外、誰も知らないからかな?」
手にはいらないのはわかってる。
でも、もう一生彼だけでいいとさえ考えていた。
別れても、思い出だけで生きていこうと。
「そんなこといわれたら俺は、どうしようもないじゃない。」
泣きそうな顔をしているトモくんをみて、
どこまで本気なのかわからないけど、
うれしいなぁなんて思ってしまう。
もうちょっとだけ、
こんなふうにそばにいてくれたらいいのに。
帰ってきてドアを開けた時、
あたしのことを待っていてくれたら・・・。
今は無理だけど、彼とは必ず別れるから。
きっとそうするつもりだから。
ごめんね。