なんだかざわざわする。
ざわざわ、ざわざわ。
まるで、たわわに葉をつけた深い森の木の影が、
どこからか吹いてくる風にゆれているような感じ。
得体の知れない鳥がばさばさと飛び立って、
奇妙な鳴き声まで聞こえる。
怖い。
裸足でかけまわり、
足から血を流しながら、
あたしは何かから逃げている。
その何かは、あたしに追いつくことはなく、
ある一定の距離をたもちながら、
ずっとついてくるのだ。
それが一番あたしにとって辛いことだとわかっているから。
「クレハ。」
見上げると、知っている顔が心配そうに覗き込んでいた。
全身にはしる痛み。
あたしは床に倒れていた。
なぜか強烈にぼやける意識の中で、
痛みだけがはっきりしている。
なにが起こったんだろう。
「大丈夫?頭打たなかった?」
誰だか思い出せない。
でもたしかに覚えがある顔だった。
「起きれる?」
あたしを起こすためにのばされた彼の手におびえて、
とっさにふりはらってしまった。
逃げようと動かした体は異様に重く、
軽く吐き気をともなった。
「どうしたの、クレハ?」
容易に捕まえられて、そむける顔を両手で固定された。
「俺だよ、カズだよ?飲みすぎたんじゃない?」
カズくん。
そうだ、カズくんだ。
あたしはちょっとだけ安心して、
緊張していた体から、力を抜いた。
「お水飲む?」
そのまま抱きしめてもらったので、
あたしも彼に手をまわしてひきよせた。
とても安心する、彼の匂いがした。
「・・・・こわい。」
守ってもらえるのかもしれないと思うと、
なんとかしてこの気持ちをわかってもらいたい。
「え?」
「こわい、こわい。」
あたしは何度もそう言って、
彼から離れまいとますます抱いた腕に力を込めていった。
「なにがこわいの・・・夢でもみた?」
あたたかい手のひらがあたしの頭をなでていて、
おでこにまで丁寧に触れている。
「あっちで、誰かが何か言ってるの・・。」
むこうに誰かいるのもわかってる。
あたしに聞こえないようになにか話している。
よくないことのような気がする。
「そっか・・・クレハのこと食べちゃう相談してるのかな?」
彼は少しうれしそうだった。
違うのに、そんなんじゃなくて。
夢じゃなくてほんとに、こわいのに。
「カズくん、はやく行こう。」
あたしは必死になって、彼にうったえた。
はやくここから逃げ出したかった。
「そう?どこいこうか。」
「そんなのどこでもいいよ。」
ちっとも通じない感じがして、すごくあせってしまう。
心臓もどきどきしている。
「クレハ、なんで今日は俺だったらいいの?」
彼の精悍な顔が鼻先まできて、
不思議そうにあたしにそう聞いた。
わかんない。
彼がなにを言っているのかも、意味がわからない。
「連れて逃げてくれないの?」
どうしようもなくなって、あたしは泣いた。
病気のように熱いからだに、重い痛みをともなう頭を、
あたし一人でなんとかなんて出来ない。
「・・・もう、ほんとに連れ去りたくなっちゃうよ。」
ジッと見ていたら、彼は照れくさそうに赤くなっていた。
あたしの熱いのがうつったのならどうしよう。
抱きかかえられて半分眠りながら、
彼が誰かと話す声を聞いていた。
彼の知っている人だったのかと思ったら、
安心して意識を手放す。
きっと、もう大丈夫なんだろう。