カテゴリ:音楽
新日フィルの演奏会に行ったのは実は初めてだった。
最近でこそ、かなり頻繁にコンサート会場に足を運んでいるが、 子ども達が小さかった頃は、なかなか行けなかった。 ベルリン駐在時代は「今しか行けぬ」とベビーシッターを頼んでまで行ったりしたが、 帰国後、そのまた反動でご無沙汰の時期がしばらく続いた。人生には波がある。 日本にプロのオーケストラが20以上もあるとは、最近になって知った。 まだ演奏を聴いたことがないオケも多くて恥ずかしい代わりに、毎回なにかしら発見がある。 新日フィルが元々いつも上手いのか、本日の指揮者である「鬼才カンブルラン」だから さらに凄かったのかは定かではないが、ひとことで言って素晴らしい演奏だった。 パリ国立オペラの指揮者の一人として来日中のカンブルランと新日フィルの共演という企画で、 プログラムは、冒頭のモーツァルトの交響曲33番の次に、ウィドマン作曲アルモニカという 現代音楽が来て(日本初演の由)、ラストにブルックナーの交響曲4番「ロマンティック」 というバラエティに富んだもの。 チラシやプログラムのカンブルランの写真は、厚い眼鏡の奥から眼光鋭く、 眉間に思い切り皺を寄せて斜め下から見据える感じで、気難しいインテリに見えたのだが、 ステージに登場した彼は、シルバーのロン毛を後ろで束ねたお洒落なアーティスト風で、 オペラという華やかな世界を長年盛り上げてきたショーマンシップなのか、 とびきりの笑顔と弾むような動作である。 「溌剌とした動作」と言うと、私の乏しい知見では、ベルリンフィルのサイモン・ラトルや 東響のユベール・スダーンの姿を思い出す。スダーンはサッカー・コーチみたいにスポーツマンっぽくて、ラトルは前衛バレエダンサーのようだったが、今日見たカンブルランは、同じダンスでも エアロビクスのインストラクターのように、はっきりしたわかりやすい指示だと思った。 モーツァルトが下手に聴こえなかっただけで、これは上手いオーケストラなのだとわかったので、 次の現代音楽が私にはどうもピンとこなかったのは、例の如く、現代音楽の波動が自分に合っていないからであって、曲のせいでも演奏のせいでもないのだろう。 どうも、私はシューシューこする摩擦音が苦手なのだ。神経に触り、不安をかきたてられる感じ。 弦楽器はぜひコマの手前の広い部分で弾いてほしい。ヒーとかいわないで。 初めて聴いたグラスハーモニカもあまり得意なタイプの音ではない。だから、打楽器チームが グロッケンやヴィブラホンなどで星が降るような音を叩いてくれるとホッとした。 プログラムの解説にも「星雲のような」とか「天空に存在するあらゆる有機物のハーモニー」 という表現もあることからして、宇宙に放り出されたような心もとなさを感じたのはそんなに 外れてもいないようだ。まあ、これも何度も聴くと慣れてきて良さがわかってくるのかもしれないけど。 今日いちばん感銘を受けたのは、やはりブルックナーのロマンティックだった。 と言っても、私はもともとブルックナーが好きなわけではない。それどころか、かの昔、 学生オケにいた頃にブルックナーの7番をやった定期演奏会では、2楽章のクライマックスにある 「2分音符のフォルテシモのトレモロ」というたった1回の出番のために、その前後の 長大な交響曲の本番中、衆目を浴びながらステージでじっと座り続ける苦行を強いられた トライアングル奏者として結構トラウマになっている。ブルックナーなんてキライ!と。 しかし、今日は初めてブルックナーの良さがわかったような気がした。 幸か不幸か、打楽器はティンパニしか出番はないが、ベートーベンやブラームスだってそうだから、 この時代はまだそれが普通なのだ。逆に、なぜ7番には1回だけシンバルとトライアングルを入れようと思ったのだろう。それもまた唐突である。 そして、その他のオケの各楽器は、弦楽器も管楽器も何とやりがいのありそうな内容だろう。 全部の楽器をめいっぱい鳴らしてみました、という感じ。 今までブルックナーがあまり好きでなかったもう一つの理由は、 曲想がいまいちスムーズに流れていかないように思えることだった。あちこちに、 琴線に触れる美しいメロディや崇高なハーモニーの連なりがあることはあるのだが、 その良いものと良いものの間がブツッと途切れて突然違う場面に移るのだ。 モーツァルトやベートーベンなら、これ以外にあり得ないという必然の流れで曲が進行して、 仮にフィナーレがやや滑稽な感じがしても、それも必然の結果であると納得できるのだが、 ブルックナーの場合、構成が今一つの作文のように、あちこち引っかかるのである。 伏線が抜けていたり、接続詞がなくて、うまく流れていかない文章のように、 「え?なんで次にこれが来るの?」とか、「これってさっきと同じこと言ってるよね?」とか、 「ここはちょっとしつこすぎるんじゃないですかー」とツッコミを入れたくなる。 で、挙句に振り出しに戻るので「えーっ今のをもう一回初めから全部やるんですか?」 とうんざりするのだ。 実際、書いては直し書いては直し、後世にもほかの研究者が校訂したということだから、 どこまでも試行錯誤の不完全感があるのは仕方がないのかもしれない。 ところが、今日はどういうわけか、一つ一つのフレーズのつながりが、ちゃんと理にかなったものに聴こえたのだった。とくに、1楽章と2楽章は、かなりゆっくりのテンポで、一つ一つの過程を丁寧に聴かせてもらえたおかげで、今まで、唐突に思えた場面転換の手前には、たとえば、ピチカートがポンと入ったり、3段ぐらい階段を上るようなフレーズが挿入されていることに気付かされた。CDだと聴き落とす音なのかもしれない。そういう箇所にくると、カンブルランは、ひときわハッキリ 「ここではあなた方のその音が絶対必要なんです」と顔も目も棒も動員して合図する。 こうしたカンブルランのリードによって、ブルックナーがすべての音をどう組み立ててようとしたのかを 納得させてもらいながら、ぐいぐい引っ張って行ってもらったという感じである。 これは、カンブルランの解釈ということなのだろうか? 指揮者の役割というのは、今だによくわからない部分があるのだが、ここで思い出したのは、 先日ある歌手の方から聞いた話だった。 「歌うのは自分ではない。いかに媒体になれるかが大切。曲を伝える媒体となるために、 いかに声や体を使えるかに意を砕く」ということだった。 ブルックナーが残した楽譜を読み込んで、あくまでも指揮者が、理知的にオケの奏者を動員して組み立てていくということなのか?それとも、作曲者の意図をオケの奏者に伝える媒体として、ある意味で指揮者自らは「無」の境地で、曲のイデアみたいなものを各楽器に振り分けていくのか? どうなんだろう? 聞いてみたい。どっちも的外れですよと笑われるだろうか? ともあれ、カンブルランのマジックにかかったように、オケはたぶん120%の力を出し、 私は、長大な曲にもかかわらず一度も集中を切らせることなく、むしろ繰返しを喜ぶほどの気持で 聴き惚れていた。 表題音楽ではないにしても、タイトルからして明らかに、騎士道礼賛みたいな曲だ。 霧深いヨーロッパの森、城や教会、誇らしげな進軍ラッパとか、はるかな丘から近づいてくる狩の一団とか、高貴な姫君に忠誠を誓って戦地に赴く騎士とか、葬送行進曲とか、素朴な村娘との束の間の恋……次々と妄想の膨らむ豪華絢爛な中世絵巻である。 浸りこんで酔いしれていると、産業革命も人権宣言もなかったほうがよかったんじゃないか と、思ってしまった。 日本人が、鎌倉武士や戦国武将の時代劇に中世のロマンを感じるように、 やはり、アーサー王と円卓の騎士とか十字軍とかの騎士物語は、今でもヨーロッパ人の憧れを かきたてるのではないだろうか。SFでも「ロード・オブ・ザ・リング」みたいなファンタジーにしても、 いたるところに中世っぽい要素が盛り込まれている。 実際には宗教的にがんじがらめで、身分が固定され、貧しくて陰惨で大変な時代であったはずなのに、その時代にはあって、今は失われてしまった「良さ」に憧れるのだろうか?それはなんだろう。 ……それは、ひょっとすると、役割の固定や全体への忠誠が個人にもたらす充実感なのではないかと、 ほかならぬオーケストラを見ていて思った。 オーケストラは様々な個性をもった楽器が集まり、各人が決められた役割を忠実に果たすことによって秩序ある音楽を作り上げるという意味で、社会のモデルの一つだと常々思っている。 個人の自由をある程度犠牲にしてでも、指導者についていくと自発的に決めて、 全体のために身を捧げ、それを自分の誇りにしよう、という姿勢は中世の騎士に似ていなくもない。 しかも、自分が愛する楽器を弾くなら本望ではないか。高らかに吹き鳴らす金管楽器や 主旋律を歌うときのチェロやビオラの恍惚とした表情は言うに及ばず、たとえば、延々と続く ピチカートでさえ、コントラバスの一団は、我らはこれに徹します、とばかりに満足げな顔で はじき続けるのである。なぜそんなことに打ち込めるのですかと問いたくなるが、それは、 あらゆる役割に意味があることに各人が強い誇りを持っているからに違いない。 優れた王や指揮者が全体を賢明に統率するとき、またはそういう指導者が天の意思を正しく伝える 能力を持っている場合、ひょっとしたら、人間はめいめい自由に生きていくより、 むしろ、指導者に忠誠を誓い、命を賭けて役割に殉じるほうが幸せなのかもしれない…… それは中世に限らないのではないか。キケンな思想だろうか。そんな考えが美酒のように回って、 さらに酔うロマンティックなのだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年07月31日 10時06分11秒
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