「歩きつなぎの旅」の記録

2024/05/18(土)09:09

【 東日本支線の旅 31日目/東海道 7日目 】 舞坂(静岡県浜松市) → 袋井(静岡県袋井市)

東日本支線の旅(37)

2024年05月14日(火)曇のち晴 昨晩 23:55 にバスタ新宿を発った豊鉄バス「ほの国号」は、乗客が6人だけ。おかげで横になって眠ることができる。定刻より早く、05:22 豊橋駅前に到着。運賃 4200円。豊橋駅 05:37 発のJR東海道線に乗り継ぎ、05:58 弁天島駅で下車する。運賃 420円。 06:10 「舞坂宿」。昨年11月の​【 東日本支線の旅 30日目/東海道 6日目 】の続きを歩き始める。今回は2泊3日で静岡県静岡市の江尻宿まで歩く予定。曇り空。気温は17℃ほど。歩き旅にはちょうどいい。 舞坂宿の本陣跡には「宮崎伝左衛門本陣跡」石標があるだけだが、「茗荷屋堀江清兵衛 脇本陣」には、天保9年(1838年)建築の遺構がある。解説板によると、脇本陣の建物は主屋・繋ぎ棟・書院棟で構成されていたが、書院棟だけが残っている。コンビニで飲料を調達する。 09:05 「浜松宿」。この宿場には6軒の本陣があったという。「川口本陣跡」と「佐藤本陣跡」の簡素な解説板が見つかる。大きな街では、戦災や都市開発により、往時の遺構を期待するのは難しい。コニビニでおにぎりを調達する。朝食兼昼食。青空が広がりだす。暑くなりそう。 10:55 「本坂通(姫街道)安間起点」解説板。姫街道は東海道の脇街道で、浜名湖の北側を通っていた。11:15 新天竜川橋を渡る。国道1号線、橋長 912m。江戸時代、天竜川は渡し船で越えていた。渡船場は上流の池田にあり、旅人は1.4kmほど遠回りする必要があった。 13:10 「見付宿」。木製標識に「これより姫街道 三州御油宿まで」とある。「脇本陣 大三河屋門」は薬医門という形式。解説板では「2本の本柱の背後に控え柱を立て、切妻屋根をかけた門」と図解している。本陣跡の木製標識は、邪険に扱われて哀愁さえ漂う。 快晴。日差しに焼かれて消耗。日陰に座り込むことが多くなり、歩行ペースがどんどん落ちてしまう。15:10 ようやく今日の終点「袋井宿」に着く。「西本陣跡」「中本陣跡」を示す標柱は、見るからに安普請。「宿場公園」「東本陣公園」が整備されているが、如何せん、往時の遺構がない。 袋井駅 15:29 発のJR東海道線に乗り、15:36 掛川駅で下車。運賃 200円。スーパーで食料・飲料を調達。今日の宿「掛川ターミナルホテル」に到着する。靴を脱ぐと、足が肉刺だらけ。入浴後、足のメンテナンスに時間がかかる。夕食は握り寿司・アジ刺身。19:30 就寝。「掛川ターミナルホテル」、素泊 4150円。 舞坂 → 袋井 : 34.6 km( 東海道累計 246.9 km )              ( 東日本支線の旅累計 1003.6 km )

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