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2010.07.20
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カテゴリ:芸術
6年4組のことを書いたとき

私は詩に縁があった、と書いたんだけど

小1-2年の担任の大野先生は今思えば

詩を教えるのがとても得意だったのではないかと思う。



私もあの時へたくそな詩を書いて

何度も先生に見せに行って

何度も書き直して

なんか、そんなものになってテレビに出してもらった。



それから詩というものに意識が行くようになって

ずーっと書いていた。

母も、詩の本を買ってくれたり、芸術と文学教育には熱心だった。

父は超文学青年だったし(当時の新劇の俳優さんなんて全員そうだったはずです)

家には図書館並みに世界と日本の文学全集と歴史全集がそろっていた。

(あまり手をつけなかったのが残念)



それで、中学2年の時、学研の中2コース、という

小学校の時の、科学と学習、の続き的に毎月購入が許されていた月刊誌の詩のコーナーに

なにげなく応募したら

入選しました、という通知が来た。

学校から家に帰ると父と母がにんまりしていたのを覚えてる。

(随分大衆的なところにアプローチしたな、みたいに思っていたのではないかと思う)




一応事前に学研から、自分で書きましたね?という確認があって

そうです、と答えると、景品に万年筆が送られてきた。



入選というから銀賞とか佳作みたいなのを想像していたが

本が届くと大賞だった。

あくる日学校に行くと、隣の隣の隣くらいのクラスの女の子が

学校に本を持ってきて騒いでいた。

この子は同じクラスになってもないのに(なったのかな、一度、小さい時)

6年生の時、隣の隣のクラス全員にしかけて私を無視するという作戦を実行した主犯だった。

でも、隣の隣のクラスなんてほとんど接点もないので私には不自由もなく

そのクラスの子が私に用があって話しかけたりするといじめられたりして気の毒だった。

元々接点がない時の無視というはどうやるかというと

私が廊下を歩くと「みんな無視だよー!無視ねー!」と大騒ぎをする。

途中まで全然気づかなかったんだけどある時それが私に向いている行為だと気づいて

ふふん、と斜に笑ってしまった。

今思えばあの時騒いでいたのも

私が恥ずかしがったりするリアクションを期待していたのかもしれないな。

でも自分で応募したんだから別に読まれたって恥ずかしくないよ。

またふふん、と笑っていたと思う。



中3になると担任が、もう一人の恩師の栄子せんせになる。

栄子せんせは国語教師でルパンの不二子ちゃんなみにぼんきゅっぼんのものすごいセクシーな

ドかわいい女の子(だって当時まだ25歳前後)だった。

クラスの男の子がみんなで「俺のエイコ」って呼んでいたことは以前にも書いた。



私は栄子せんせとまたなにかしら相通じるものを感じていたし

先生もそうだったと思う。

だって当時なぜか、将来は一緒に暮らそうね、みたいな話をしたことがあったのだ。

なんで?!でもそうだった。



受験勉強の一環で毎朝学活の時間に小論文を書くのが日課だったが

これはうちのクラスの特権だった。

このクラスがよくできていて、ほんとにみんな文を書くのがうまかった。

文がうまいということは、普段から言葉を使ってものごとを考えていたということだ。

毎朝文を書いているのでどんどん磨かれていって

なんだか考えて語るの子がとても多かった。

放課後も居残って何人かでよく話した。人生について、人間について、心について。



私はこういうことが大好きで

家に帰っても勉強机に向かうとものを考えてしまい

しょうがないからノートにたくさん詩や文を書いていた。

当時スポーツ万能だけど漫画が天才的にうまい男の子がクラスにいて

その子も放課後仲間だった。

ある時彼が「勉強しようとして机に向かってもいろんなこと考えてしまって

とても勉強どころじゃないですよ。みんなどうしてじっと座ってられるんでしょうかね。」

その子は今日学校で誰がどんな言葉をどんな風に言って

そのときの表情がこうで、その時の思いはきっとこうで・・・と

そんなことがどんどんあふれ出してしまって勉強どころではないんです、と言った。

私はその時、まさにそう!私、それ!という思いだった。



彼は抜群に絵がうまいので

卒業文集のクラスの中表紙の絵を担当した。

クラス全員の姿がそこに描かれている。

私はその絵の自分を見たときのことを今でも思い出す。



自分は思うままに生きてる結構派手に目立つ子だったので

自分はみんなの真ん中あたりに描かれているだろうと思っていたのだ。

ところが真ん中で笑顔できゃぴきゃぴとした姿で描かれているのは

結構仲良しの女の子たちなのに私はいない。

あれ…と不思議に思いながら探していると

下のほうの段の端っこで、両手を腰に当てて、

更に紙の枠からそっぽを向いて仁王立ちしている横顔の女の子が私だったのだ。



今でもそのことにものすごい驚きを感じる。

彼は単に絵がうまかっただけではなかった。

スポーツもその時既に彼は哲学していた。

でも何より、人間を観る、という感性にあふれていた。



私は彼が私をあんなふうに描いてくれなかったら

あんな私には出会えなかったかもしれないと思う。

でも私はあの時確実に、あの女の子に出会った。

あの子は笑ってさえいなかった。



人生には決定的な出会いがいくつかあると思う。



彼はその後、大学生の頃に一度、舞台を観に来てくれた。

ちびくろさんぼみたいだった彼は

背が伸びて、手を骨折していた。ホッケーの試合で、と言っていた。

その後まったく接点はなかった。



決定的な出来事に限って、その瞬間はさりげなくやってくるものだと

今になって思う。






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最終更新日  2010.07.20 14:19:14
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