「ハグ」に必要なもの=【自分も、相手も、丸ごと受け入れる】生き方。
前回の日記・コメント欄で、flowergreen8さんと「ハグ」談義に花を咲かせていたところ、突然、はっと気が付いたことがあります。>相手の存在を丸ごと受け入れるしぐさがハグですよね。>ほんとに素敵ですよ~(T0T)>日本ではなかなか浸透しないでしょうね~ハグって、する方の人間が【私は、基本的に良い人間だ。】と、自分を肯定していて、ある程度の心の余裕が無い限り、まず、発生しない動作ですよね? 【私は自分をあるがままの姿で受け入れている。だから、あなたのことも、そのまんまの姿で抱きしめ、受け入れたい。】誰かをハグするというのは、そうした生き方が自然に形になって出た行為なのかもしれません。自分も、相手も、大きな愛でもって肯定する。太陽のあたたかな光のような、大きな愛で。逆方向から見れば、すんなりと受け入れられるはずです。【自他肯定の無いところに、ハグは生じない。】っていうことを。ちょっと、ご自分に問いかけてみてください。「...こんなダメな私からハグされたって、嬉しくないよね?」「この人、本当に私のこと好きなのか嫌いなか、よくわからない。だったら、ハグしちゃ悪いかな...。」「どうせ私なんて...ウジウジ、イジイジ(自己卑下のつぶやきが続く)。」あなたは、このようなじめーっとした、かび臭さを漂わせているような人物が、目の前で両腕を開き、近寄ってきた時に(そもそも、近寄ってくる可能性自体、極めて低いのですが...)、【ハグ】してもらいたいって思えますか???「いえ、結構です~」とだけ言い残し、とっとと逃げ出したくなる、でしょう???そして、今、経験した鳥肌ブルルッな体験を即刻deleteするため、太陽のようにあったかくて、すっぽりと包み込むような光のエネルギーを持った人の腕の中にどーんと飛び込みたい!って、思うでしょう???異性の身体に触れたいとかくっつきたいとかいう、アヤシイ下心でもない限り、そうした「私なんて...イジイジ。」型の人とは、「ハグ未遂」で終わるはずです。だって、誰だって、他人からはもらいたくないですもん。重~くて湿っぽい下向きのエネルギーなんて。「ハグ」のあるところには、必ず「私はOK。あなたもOK。(I'm OK. You're OK.)」という、大きな愛に支えられた【自他肯定感】がある。これは間違いない、と、自信持って言えます。今までにあなたが体験されたご自身の【ハグ体験】、もしくは、思わずほろりと感動させられた誰かの【ハグ】光景を思い出してみてください。そうすれば、上の【ハグのあるところには~】の部分の意味がおわかりいただけると思います。【I'm OK. You're OK.】の生き方をする人じゃないと、相手を本当に元気付けられるような、純粋な愛のこもった【ハグ】は生み出せないんです。そう考えていくと、自分のありのままの姿をどこかで否定している人、すなわち、【自尊心の低い人(=I'm not OK が基本姿勢。)】が多いような文化圏では、【ハグ】のようなボディーランゲージがあまり流行らなくても、それは当然なのかもしれません。...日本社会、大丈夫かな。別に【ハグ】だけが大きな愛の形、と言うつもりはないですよ。他人を思いやる、その心を表現するには、いろいろな形がありますからね。昔から日本人が得意とするノンバーバル(非言語)の交流...つまり、気持ちと気持ちとを通い合わせることで、【ハグ】のような身体接触が無くっても、また、言葉という形ではっきりと示さなくっても、ちゃんとお互いを支えあっていけるのであれば、それほど心配は要らないと思いますがね。でも......本当に大丈夫かな。ちゃんと気持ちと気持ちとを通い合わせて、お互いを支え合えているだろうか。日本社会。必要な人に、必要な時に、ほんの少しでもいいから、あたたかな言葉をかけてあげられているだろうか。言葉に出さなくても、すぅっと横から助け舟を出して、その人の支えになってあげられているだろうか。最近の老人孤独死や、若年層の自殺のニュースを耳にする度に、太平洋の反対側から気になって仕方がないのです。いくら気にしたところで、こうして文章にして外気にさらすより他には、どうすることもできませんが...。とまぁ、あれやこれや考えていくうちに、昨日書いたコメント、ハグへの「邪気注入」といった表現は一旦取り消した方がいいかな、という結論にたどり着きました。前言は撤回させていただきます。「ハグ」と、「邪気注入」は、基本的に両立しない、と思いますので。(ペコリ。)今日は「ハグに邪気注入」なんて発想をした我が身の底意地の悪さ、神妙に反省しております。あ、でも、外部に「いい人」アピールするための、心が全くこもっていない偽ハグだったら、話はまた違ってきますね。そういう「偽ハグ」をするのに良心の呵責を何も感じないような人物であれば、たとえ抱きしめられてたとしても、後味はあまり良くないに違いありません。そういうハグは、要らないです。物でも人でも、「偽~」で始まる何かと係わり合いを持って、良い結果に終わった試しはありませんからね。そういう「偽ハグ」からは、するりと身を交わして逃げるのが賢明だと思います。「偽ハグ」だったら、イラナイヨ~って心の中でつぶやいて、後は脱兎のごとく逃げるのみ!...これが一番、自分にも、他人にも、しこりを残さない対処法かなぁ。そう。大人も、子供も、み~んな欲しいのは、不純物の入らない【ほんものの、あったかい気持ちがギュッと詰まった、ハグ】だけ。たとえば、こういうの。何度見ても思わず顔が緩んでしまいます ♡(テレタビーズ、大大大好きなんです~~~~!踊りがファンキーな黄緑色のディプシーが特に。)(flowergreen8さん、いつもいつも、考えるための貴重な種を提供してくださってありがとう!)***************************************十数年前、仕事で交流分析Transactional Analysis (略称・TA)に基づく心理テスト・エゴグラムを扱う必要があり、かなりの数の本を読み漁ったことがあります。この、トーマス・ハリスの本も、確か買って読んだはずです。刊行から随分経ちますが、アメリカでは今なおロングセラーとして静かに売れ続けています。この"I'm OK, You're OK"の本、最近、本屋の棚でチラチラと目につくんですよね。こういう時は、素直に「これを読め!」との直観メッセージに従うと、現実世界で何かいいことが待っているみたいです。だんだん、そういう仕組みが体験的にわかってきました。早速地元の図書館で予約しよっと。【送料無料】I'm Ok--You're Ok [ Thomas Anthony Harris ]TA/交流分析の創始者エリック・バーンEric Berneが今から40年以上も前(1964年)に書いたベストセラーの方は、どうやら邦訳が絶版となってしまったみたいですね。アメリカの大衆文化を知らない外国人には理解しにくい表現や、舞台設定が多かった(と、いう印象がぼんやり...。)からなのかな。【送料無料】GAMES PEOPLE PLAY [ ERICK BERNE ]日本人向きに書かれた書籍としては、こんなところを。昔、杉田先生と、先生が中心的存在となって関わっていたチーム医療の本は何冊か読みました。初心者にも分かりやすく、日常的な場面や、職場の人間関係への応用の仕方が紹介されていたように記憶しています。【送料無料】交流分析のすすめ [ 杉田峰康 ]