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漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

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        だから僕は1952年のグヌンサリの奇跡のような響きに涙したのであった














完全再連載するこの冊子に校正をくださったマンダラケイコさん、
十数年の長きに渡り映像撮影に協力し、
直筆署名により肖像権使用を許してくれたユリアティやビダニたちと、
プリサレンアグンのチョコルダ大王の言質による映像著作権使用許可、
並びにオカダラム氏のウエブ公開許可に基づく、
youtube の gustiayusuribidani 開示をして、
未だかつて類例を見ない優れたソフトだと絶賛し、
iPhone soft Power Ubud に販売許可を許したアップル社、
未だ応援戴き続ける山田企画と株式会社ライフインパクト全てに感謝。


実際マンダラケイコさん無くしてこれら全ては成り立たなかった。
僕は第一番目の鍵をプリサレンアグンの大樹の下で手に入れた。



     自刻の篆刻







                         一狐之白 


                         いっこのはく



絶頂期だった頃のグヌンサリが1952年アメリカ公演に訪れた際に、
たった7人編成のガムラン演奏を録音した貴重なCDを、
ユリアティハウスでノート型PCによる音質音量供に劣悪な状況で聴いた時、
僕は号泣し傍に居合わせた人々は、
何故タマヂが泣いているのか理解できず騒然となった事がある。

全ての因果と応報は、
マンダラケイコさんをして嫁に来ないかと誘った、
くだんのアグン・マンダラ翁が、
因果の原因のトリガーを引いた、
ウブドのレゴン舞踏とガムラン芸術衰退の責任があると結論付ける。

仏蘭西公演で世界中が心の底から震撼した、
グヌンサリの現在のボロボロになってしまった技量と公演内容に、
人々は集まらずヤマサリ同様に衰退してしまった。

なにしろ公演前のガムランを叩こうとして、
スティックの先端部が雨季のセイとの言い訳など、
聞きたくないほど濡れて湿っていたのだから。

これらはグーグル検索 グヌンサリの最期 に詳しく述べられている。

そして兄王より優秀なオカダラムとスマルプグリンガン再興の為、
ティルタサリを創りグヌンサリの力を2つに割ってしまった失敗と、
次の王イスワラ殿下の誕生を祝って創設したグンタブアナサリの為に、
更にガムランを新しく鋳造して演奏と公演内容のレベル低下を招いた。

Anak Agung Gde Mandera 翁は、
仏蘭西に於いて当時阿蘭陀の植民地であったインドネシアを代表して、
チョコルダ大王の父君と供にかの植民地博覧会場で、
ゴングクビヤールのイナズマのような響きと、
華麗でたとえようの無いエスニックで美の極限とも観てとれる、
レゴン舞踏を世界中に初公開してしまったのが、
グヌンサリも含めたバリ島観光を含めた質の低下を余儀なくさせてしまった。

適当な演奏と公演であろうとなかろうとともかく、
銭儲けの為に聴衆とはルピアを額に貼り付けたサルどもだからと、
平然と居直ってオリジナルと称するレゴンラッサム完全版を、
観衆が少ないからと短縮版公演までするようになった時、
終焉後唯一人立ち上がり猛烈にブーイングと抗議をする僕を、
ARMAのプリアタンマスターズの連中が取り囲み、
ニヘラニヘラと人を馬鹿にしたような態度であわやタコ殴りに遇いそうになった事も、

グーグル検索 プリアタンマスターズ トップページに詳しい。

今やオダランという神聖な祭りの為だけに奉納された舞踏、
サンヒャンドゥダリまでが見世物になって、
観衆の見たぞというだけの気分を満足させるという、
因果の結果となってしまった。

オダランでのサンヒャンドゥダリは神聖の極地であり、
選ばれた少女に初潮が来るまでの間のみに許された舞踏だった。


だから僕は1952年のグヌンサリの奇跡のような響きに涙したのであった。


アグンマンダラ翁は民俗学者や音楽家たちが、
プリアタンのマンダラ家を幾度も何度も後から後から押し寄せて、
チャーター公演を切望し銭をバラ撒き続けた為、
明言した理想と目前のオオキンの山との間に、
乖離が出来てしまったのは仕方無いでは済まされないほど、
雨後の竹の子のごとく我も我もと、
ウブド中で限られたパイの奪い合いが始まり、
今となっては手の施しようの無いほど、
舞踏もガムラン演奏も直近の5~7年程でガタガタのボロボロになっている。

 一狐之白 ? 否  一狸之黒 にまで落ちぶれてしまったと断ずる。

之こそが因果応報である。

余談では有るが昔スーダンにヌバ族という裸族が居り、
これ等が写真集によって世界中に発売され、
真っ黒で精悍な肉体美は一種芸術の域を超越した感動が在ったのだが、
観光客が増えるにしたがってスーダン政府は彼らにパンツをはかせた。

皮膚病が蔓延し本当のヌバの肉体美は滅び去ってしまった。
バリ舞踏とガムラン演奏の真髄は、
オダランに参加させてもらえなければ永遠に判らない。



ウエブの全てとこれら全ての企画展をお望みの方は山田企画までご連絡を。
iPhone をお持ちの方々は App Store Power Ubud までアクセスして下さい。












社団法人日本漫画家協会会員・ウブドの達人

                                      玉地俊雄





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最終更新日  2010.09.07 10:48:34



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