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カテゴリ:『そこにあるのは現実…』
その27 ~ 姉 ~
「つぅ…。いったい何が起こったですぅ。」 土に埋もれていた翠星石はゆっくりと体を起こした。 怪我をしている様子はないが身体のあちこちが痛む。 さっきまで気を失っていたらしく頭がボーっとする。 額に手を当て何かを思う出そうとするが、強烈な光のイメージしか重い浮かばない。 事の起こりはスイドリームがレンピカの魔法を利用し、ピーチェの体を乗っ取ったこだ。 もともと禁忌として実体化できないスイドリームはレンピカの魔法陣を見るなりその意図が見えた。 レンピカは自らの体をコピーして戦うつもりであると。 ということは先ほどまで激しく戦っていた蒼星石は何らかの事情で戦えなくなったらしい。 翠星石の攻撃がよほどこたえたか、あるいは別の理由かそれはわからない。 ただはっきりしているのは翠星石にはかなり分が悪いと言うことだ。 実体化したレンピカの動きは蒼星石以上の戦いぶりを見せていた。 さらに双方向支援などと言うコピーまで作ろうとしている。 擬似精霊とは言え、同等とは行かないまでもそれなりの力はあるはずである。 なるほどそれならば蒼星石が出なくても充分戦える。 (おもしろくない…。) スイドリームが最初に思った感想がそれだった。 (私だってね、実体化したらレンピカぐらい戦えるんだからね…。) しかしローゼンメイデンに仕える人工精霊として実体化するのは禁忌である。 そもそもそれがドールたちの父との契約だったからだ。 レンピカがいかなる方法でそれを解除したかはわからないにせよ、現実にレンピカは実体化している。 (そうだ! いいこと思いついちゃった。 それならあれをのっとっちゃえばいいんだわ。うん、おもしろそう。 それだと私が実体化したことにならないし…。) これはいい考えだとスイドリームは思った。 魔法陣に浮かぶ文字からコピーされるのはピーチェであることが判明している。 (ピーチェ…、ああ、あの袋かぶりの…。だったら簡単じゃない…。) 肉体がコピーのピーチェならスイドリームが実体化したことにはならないので禁忌は破らない。 それにスイドリームはレンピカの双子の姉なので同じ構成因子から成り立っている。 つまりピーチェはスイドリームの構成因子でもある。 スイドリームにとって着なれた服を身に着けるぐらいたやすいだろうと思った (意思を2分化して、ピーチェの出現と共にひとつを転送する…。 見てなさいレンピカ…、たっぷり驚かしてあげるわよ…。) こうしてスイドリームはピーチェの体を乗っ取った。 最初はいかにもレンピカの指示で動いている素振りをしていた。 数百年ぶりに肉体を動かすと言う行為は意外にも難しくもどかしくもある。 それでもレンピカがある程度、行動支援をしているらしく、基本動作は理解できた。 行動支援といっても肉体に直接語るように情報を送られているだけだ。 いわば見えない糸で操られているような感じである。 (そっかー。この袋かぶりの娘は意思がないものね。 基本動作の情報を送ってからでないとまともに動けないんだわ。 でも、私には好都合だわ。) 間接の動き、体重移動と姿勢のバランス維持などを少しづつ学んでいく。 (肉体があるってこんな感じだったのよね。懐かしいなあ…。) スイドリームは肉体を持つ喜びに満たされていった。 無限にも迫り来る生命樹の枝がちょうどいい練習台となってくれる。 いびつな体も馴染んでくると戦うには申し分ないみたいだった。 慣れてくると四肢が自由に動く。そうなると本来のスイドリームの体として使えるようになる。 (すっごいっ! 楽しいっ! 肉体があるってことがこんなにも楽しいなんてっ!) 袋に閉ざされて見えないが、その中は満面の笑顔だったに違いない。 戦闘の中でスイドリームは完全に肉体を動かす術を取り戻していった。 ただそうなるとレンピカからの行動支援情報が無駄に思えてくる。 肉体を通して雑音が頭の中に入ってくる感じは少し興醒めだったが、我慢した。 ここでレンピカにばれるわけにはいかない。 やがて頃合いを見て、サプライズの実行に移すことにする。 (何をすれば一番レンピカが驚くのかしら…。とっておきの方法でないとダメね…。) 考えるうちに隙が生じたのか左腕を鋏ごと生命樹の枝に捕らわれてしまった。 (我ながらこの枝を振りほどくのは難しいわ…。何か魔法は…。 この体で使えるとは思わないんだけど…。所詮擬似精霊だし…って、ええっ!? この右腕って、もしかして魔腕なの? 知らなかった! なるほど、それでこのアンバランスな左腕なのね。カモフラージュのための…。 呪文は…。ええっと…。忘れちゃったわ。 本体からスペルをダウンロード…している暇はないわよね。 それにこの体には私の意思だけで許容量いっぱいだもの。出来ないか…。 うん? ちょっと待って。指が動くなら魔法陣を描くだけでいいのよ。 防御結界発動っと…。ああ…、ダメね。拒絶反応か…。 なら空間制御はどうかしら? これもダメ…。属性はあっているはずなのに…。 じゃあ肉体強化は…無理よね。そもそもこの体を強化すること自体に意味はないもの。 っていうことは回復系もダメなの? 使い捨てか…。そりゃそうよね。 そのためのコピーなんだし。 でもこのデタラメな大きさの不安定な魔力量は何なの? いくら魔腕だからって…。) スイドリームは懸命に右手の指を動かして魔法陣を描くもまったく形にならない。 描くたびに右腕が所有者の意思に拒絶しているような痺れだけが返ってくる。 (単純な魔法陣だと扱いきれないと言うの? なら複雑なほうがいいわけ? 違う…。 普通の腕じゃないってことはどこかにスイッチみたいなのがあるはずなんだわ。 解析処理! そうよ自分の腕で自分の腕を解析…。それぐらいなら親指一本でなんとか…。 あった! 小指!? 小指ね! これが見えない封印となってるから機能しないんだ。 ここから漏れた魔力が打ち消しあって魔法陣を強制消去するってことなんだわ。) 薬指を小指にぴったりとあてると不思議なほど魔力が安定する。 (なるほど…。そっか、もしかしてこの状態で魔法陣を描く? だったらこんなこともできちゃう? って、えーっ!) スイドリームは枝の根元を切り取れればいいとだけ思っていた。 それだけで身体の自由は何とか取り戻せる。 魔法を使えば遠からずレンピカにばれるかもしれないが、それはそれで目的を達するからいいと思った。 薬指と小指は固定されるためにあまり複雑なことは出来ないが、その必要はなかった。 如雨露を使ったこの攻撃自体、スイドリームが考えたものでありウィークポイントも熟知している。 根元を絶たれれば枝先は攻撃できない。ただそれだけのことだ。 どうせ生命樹は燃えないものでもあるので炎系などの攻撃魔術は無意味。 だから小さくとも鋭い刃のようなものを出せればいい。 手の平から発射できるようなものなら、対象物を狙いやすい。 そこでかまいたちのようなものを想像して圧縮された光の刃を放った。 ………つもりだった。 魔法陣自体もそれほど難易度が高いものではなく、いわば3つの行程を示す魔術法程式だけである。 『空間分子圧縮』・『水平指向性弦型結合子作成』・『有視界内制御維持』がその意味に当たる。 片手、しかも右手の指4本でなんとかできるものとしてはこれぐらいが適度だ。 スイドリーム本体の魔力制御は使えないため、どうしても魔腕である右腕に頼らざるを得ない。 それでもこれほどの魔力量があれば多少の不安など無視してもかまわないだろう。 どちらにせよ、実際使うのはピーチェの体なんだからとスイドリームは安易な気持ちになっていた。 スイドリームの意思どおりなら光の刃は数メートル先の生命樹の枝に直撃して刈り取るはずである。 だが魔腕の働きはスイドリームの予想をはるかに上回る結果を見せる。 放出されたのは小さな光の刃なんていう生易しいものではなかった。 激しい光の束が地平線まで放出された。 太い帯状に轟音を伴って光が放出される様は行き場を失った獣の突撃のようであった。 その光は凄まじく直線状にあるあらゆるものを焼き払ったのだ。 …つづく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007/02/02 01:43:43 PM
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