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私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

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2023年08月02日
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カテゴリ:認識の歩み


六世紀のころ、
インドのヴイクラマーディティヤ王の治世にあらわれ、
詩歌音楽の隆盛をもたらした自由廣大の精神は、
支那唐朝にも、
同時代のわが奈良朝の宮廷にもあらわれています。

さらに、八世紀のインドにおいて、
ヒンズー教の使徒シャンカラチャリヤをうんだ
個人主義と民族再興の動きは、
支那宋朝における同様の活動となってあらわれ、
新儒教学派と禅宗再建をもたらし、
その反響は朝鮮と日本にもおよんでいます。

こうして、キリスト教世界が
中世の形成のために苦闘していたときに、
仏教世界は、思想の花がそれぞれのうつくしさを競いあう、
文化の一大庭園の観を呈していたのです。

しかし、この文明の花園は、
ジンギス汗の騎馬隊によってふみにじられ、
荒野同然にされてしまいました。

草原(ステップ)の戦士たちが
支那とインドのゆたかな地域にあらわれたのは、
これがはじめてではありません。

フン族とスキタイ人が
両国の辺境地域を一時的に支配したことは、
何度もありました。

だが、しばらくすると彼らは追いはらわれるか、
飼いならされて平原の平和な生活のなかに
吸収されてしまうのです。





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最終更新日  2023年08月04日 08時32分08秒
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