■◇■神様に近い場所を探して…。PART35~《クリスマスの夜》~・。* 。 +゚。・.。* ゚ + 。・゚・ ■◇■
~《クリスマスの夜》~ただただ僕は我武者羅に走っていた。止まらずに、今は何も考えずに、自分をギリギリで許せるだけの日々を生きよう。それだけだった…。鏡に映る自分の姿は、すっかり精気を無くし、げっそりしていた。それで良かった。ざまぁ見ろと自分に言えた。心が苛立ちを感じる時、僕は自分を罵倒し、心を痛み付け、ズタズタになる程追い込むと、最後には…何故が気持ちが楽になった。頑張ろうとする程、僕はそんな自分もまた嫌いになった。憎んでも憎み切れない相手は、まさに自分自身だと感じながら、倒れそうになる体を起こす…。外で寝る事にも、抵抗はどんどんなくなって行った。下に何枚もシャツを着込み、バスタオルを腰に巻いて寒さを凌ぎながら、菓子パンや、カップラーメンをいつも持ち歩き、体調が悪い時は、逆に無理して食べずに、少しでもお金を《残す》事を一番に考えて過ごした。公園のベンチも一箇所に決めず、色んな場所を探して、少ない荷物を握り締め、陽の射している少しでも温かい時間を選んだ。でも、何度鳩の糞を顔に浴びたか解らない…。そしてあまりに寒さを感じる時は、時々ファーストフードの中で、何かを頭を抱えて考えているような振りをして、仮眠を取った。洗濯物は溜めるだけためて、コインランドリー。荷物の管理はコインロッカー。これがなかなか馬鹿にならない。店にも上手く荷物を置いて、二つにならないように工夫した。時を選んで早朝サウナに泊まる時は、格別に幸せな気分になった。マットがある。掛け布団がある。そんな当たり前の事がほんとに幸せに感じた。そう言う中で僕は心のバランスを自然に保ち、立てる自分をキープした。深夜のバイトのスタッフは、みんな年下だったけど、ほんとに優しくしてくれた。着る服のない僕にスーツをプレゼントしてくれたお陰で、僕は司会の仕事もそれでこなす事が出来た。こんなときにはお弁当が出たりする。僕にとっては凄い御馳走だった。そしてクリスマス…。東京で迎える最後のクリスマス…。街中に溢れる人達の笑顔は、本当に眩しくて、輝いて見える。今日は蕎麦を食べよう!そう想って僕は立ち食い蕎麦屋にはいった。初老のおじさんが、小銭入れから一円や五円を混ぜて、『凄く細かくていいかい?』と店員のおばさんに言った。顔を少し赤らめて、恥ずかしそうに、一円玉や五円玉が並べられて行く…。それをクスっと笑いながら、おばさんは、『いいんですよ。助かります。』と応対をしていた。ほんとに感じのいいおばさんだ…。そんな姿を見てたら、心にも温かくて、蕎麦の味は最高に美味しかった。そして嬉しそうに蕎麦をすするおじさんの姿も、僕の心を癒してくれた。こうやって、小さな幸せを少しずつでも感じて行けたら、実家での生活もなんとか乗り切って行けるかも知れない。僕は心でおじさんにも有難うを言って店の外に出た。少し流れた汗がひんやりと気持ちいい。幸せそうなカップルが沢山クリスマスの夜の輝きを、あおっていた。蕎麦屋の目の前には、小さな広場が道を挟んであり、そこにはベンチもないのに、色んな人が腰掛けている。僕もなんとなくそのあたりに腰掛けた。上を見上げると立ち並ぶローン会社の看板…。冷え切った心を元気付けてくれる友達にも、もう僕は逢えない。ステージに立つ事も、歌う事すら許されない。さっきまで穏やかなエネルギーに包まれていた僕の心は、もう発作のように、罪悪感や絶望感に覆われ、時が止まったように動けなくなってしまった。ちょっと気を抜くとこうなる。ヤバイ…。いったい自分が戦っているものはなんだろう…。絶望感?違う…消しても消してもいくら自分を追い詰めても、どうしても無くならない…それは、それはきっと…。期待なのかも知れない。鳥肌が立つ程そんな自分が嫌になった。なんとかする。なんとかする…。それを繰り返してずっと乗り越えて来た自分の生き方が、今逆に、こんないらない期待を植え付けていて、消せないんだと想う。でも、きっと実家に戻ればこの《発作》もなくなる。母を想った。親戚の辛い風も全部一人で受けて、僕を待ってくれてる。心から心配して、復帰を願って助けてくれた友達にも、必ず、誠意と感謝を持って気持ちを表して行かなきゃならない。今すぐに誰かに、そんな事は到底無理だけど、ちゃんと償って行かなきゃ…。ごめんなさい…。僕は心でその言葉だけを自分の今にまた重ねようとした。ほんとにこんな自分にも、沢山の人達が手を指し延べてくれた。何の約束もせず、いきなり手渡してくれた人も居る。駿のように、僕のライブを全部たった一人で企画して、その収益を渡してくれた友達も居る。《ちゃんと食べてる?》と書いたメッセージと共に、ドア越しにお金を挟んで名前すら書かずに置いて行ってくれた友達も居る。とても出来そうもない仕事を選んで、落ち込んでた時、大樹は、《人間らしくていいじゃん。そんなカズさんも好きだよ》って言ってくれた。誰一人借用書も作らず、心で本当に僕を支えようとしてくれた。そんな中でこそ、限界を感じた中でも、僕は現状維持をギリギリでキープしながら、あの時までは頑張っていた。でも…本当にもう終った。終ったんだ。新しい償いの人生が始まる。感謝して始めなきゃならない。終ったんだ。終ったんだ…。僕は何度も何度も自分に言い聞かせていた。ふと廻りを見ると、急ぎ足で楽し気に行き交う人達の目には、まるで自分の姿すら見えていないかのように、自分だけ時が止まってしまったような気持ちになった。あれ!?…。時の流れている速度や、ざわめく夜のエネルギーに、僕と同じように、全く重なれずに、違う呼吸をしている人が視界に入り込んで居た。どう見ても、ボロボロで汚れてるけど、今にもフラフラで倒れそうな、スーツを着た50代位の男の人…。僕はなんとなくその人を見ていた。蕎麦屋に入りたいんだろうか…!?何度も入り口を見ながら、ポケットに手を入れ、あれは…小銭だ、小銭を数えてる。ゆっくりゆっくり…。フラフラなその人は、時々通り過ぎる人にぶつかって、危なっかしい…。やっぱり、その人は蕎麦屋に向かっていた。僕の座ってる場所からは、開いたままのドア越しに、そのやり取りが良く見えた。《いらっしゃい。何にしますか。》『…かけうどん…。』確かに小さな声でその人はそう言った。そしてゆっくりポケットから、小銭を出していた。さっきの小銭のおじさんの次元じゃない…。その人は一円玉をポケットから取り出した小さな袋から、ざら~っとテーブルに並べていた。ほとんどが一円玉だ…。それがはっきりと僕には解った。食べ終わるのを後ろで待つ形になったのは、どう見ても酔っ払った、しかも、ちんぴら風の二人と女一人…。その人のやり取りを一人は後ろから覗き込んでいた。『なんだよこれ!早くしてくれよ!おっさん!』それでもおばさんは努めて丁寧な優しい言葉で伝えていた。《足りないんですよ…これじゃ…ごめんなさいね…》おばさんは辛そうだった。その人は俯いて黙っていた。その場から動かない…。後ろからまた『足りねぇんだよ!おっさん、どけよ!!』一人がその男の人ごと、テーブルの一円玉も払いのけた!一円玉はテーブルの下、そして外にまで飛び散り、その人倒れ、尻持ちをつき、それでも必死になって落ちた一円玉を拾っていた。おばさんは怒っていた。《なんでそんな事するの!》二人の男と口論になっている。僕は目でおばさんに合図した。~大丈夫。僕が一緒に拾うから。~咄嗟に一円玉を一緒に拾い始めた僕に、二人の内の一人が言う。『余計な事に口出ししない方がいいよ。』カチンと来た僕は、しゃがんだままで、たぶん全身から溢れる程の怒りを、目に集約させて、無言で睨み返した!瞬間顔色を変えて、襲い掛かりそうになったその男を腰に腕を巻きつけて、止め、口論している男共々、引っ張って行ったのは、一緒に居た女の子だった…。その姿を見て僕は我に返った。この地雷のような破壊的になってしまう程の、僕の内側に隠している強い怒りのポジションは、ほんとに危険だとまた想った…。手にとった一円玉を僕が丁寧にその人の手に渡そうとすると、その人は目も見ずに無言で、物凄い勢いで奪い取った。もう何もなかったかのように、カウンターでおばさんは、お客さんの応対に追われている。その男の人は、少しまた蕎麦屋を見つめたあと、なんとも言えない悲しい顔をして、小銭袋を握り締めて、僕の少し右隣りに座った…。僕の心に、どうしても押さえ切れない葛藤が始まってしまった。何を考えてるんだ!一体!偉そうに…そんな事…今の僕にはあまりにきっと…、身の程知らずだ。そして、今の僕じゃなくとも、どう考えても、正しい事とは言えない筈だ。生意気だ!安易だ!偉そうだ!そう何度も自分に言い続けた。この場を去れば済む事だ。でも…でも…。この人にうどんを食べさせてあげたい。僕は…ポケットに手を入れた。さっき千円札で渡したお釣り…。缶コーヒーを買って…、残りは…!?僕は、ポケットの中のお釣り銭を、手の中に握り締めた…。正しい事じゃない。絶対正しい事じゃない。でも、食べさせてあげたい。どうしても食べさせてあげたい。その想いはどんどん膨らんで、苦しい位に押さえられない。僕はヤケになってゲームセンターに行った…にしようか!?僕は置いてあったお釣りを取り忘れてしまった!?…じゃだめだろうか!?そんな葛藤がその人の隣りで続いたまま…、立ち去る事が出来ない。あ!?その人はまたフラフラと違う方向に向かって歩き出してしまった。いい。今日は今日は僕は、自分の偉そうな優越感を満足させる為に、自分の為に、うどん代を…く、くれてやる!もし受け取らなかったら、ざま見ろだ!僕は急いでその人を追い掛けた。そして、せ~のと勢いをつけて、その人に駆け寄り、手を取った!『おじさん!これでうどん食べなよ!うどん!うどん食べなよ! ゲームしようと想ってた小銭だから。ね…! 』気が付いたらそう言ってた。自分のしている事がむしろ恥ずかしくて、心臓がバクバクだった。脂汗を掻いていた。その人はキョトンとして、…でも受け取ってくれた。僕は足早にその場所を去りたくなって、歩いた。良かった良かった…良かった…。ごめんなさい。ごめんなさい…。そう言いながら、歩いた。