テーマ:小説(31)
カテゴリ:Venusの恋人
――2―― 『ルナ計画』が発表されてから数日後、六本木ヒルズと呼ばれている高層ビルのヘリポートに、何台ものヘリが代わる代わる行き来していた。 その搬送用のヘリの一台に乗り込んでいたアリサ・ブレナンは、眼下に広がるパノラマに、青灰色の瞳を輝かせて感激していた。 「あれが、Mt. Fuji……Beautiful」 アリサはアイルランドの血の入った日系アメリカ人で、黒髪を肩のあたりでそろえた聡明そうな20代前半の女性なのだが、今回初めて自分のルーツの一つである日本へ来ることが出来て、少し興奮していた。 「空路の方を選んで正解だったわね」 興奮冷めやらぬアリサの様子にクスリと笑いながら、マリア・ランバート・ヘンドリクスも上空から見渡せる関東一円を堪能していた。 眼下に広がるのは、『トランスフォーム期』に起こった大洪水で一部水没している東京都心。スモッグで霞む空の向こうに、富士山を望むことが出来た。 二人はMITコンピュータ科学・人工知能研究所(MIT Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory。通称・CSAIL)に所属している研究員なのだが、CSAILの所長であるジェームズ・ナオキ・エノキドの指示によって、急遽来日することになった。 来日の理由は、世界連合主導のとあるプロジェクトのメンバーにエノキド博士によって選抜されたからだったのだが、宣告されてからすぐに日本行きの手配をされてしまい――所長命令には逆らえなかったというのもあったが――あまりにも急だった為に、二人が「何を基準に選ばれたのか」と聞くと、その計画は二人が専門としている分野である人工知能と認知ロボット工学の研究の延長線上にあるものだからだ、と言われる。 それに合わせて、「様々な分野や機関からも選抜された人員が参加するだろうから、いい勉強にもなるだろうし、いい刺激にもなるだろう」とも。 二人が参加することになった、『アドニス計画』と呼ばれているプロジェクトは、完全なる人工意識(Artificial Consciousness、通称・AC)を持ったアンドロイドを完成させるのが目的なのだという。 「ねえ、アリサ」 「なに?」 「このプロジェクトって『アドニス』って言うよりも、『ピグマリオン』に近いわよね」 マリアに言われ、少し思案しながらアリサは答える。 「そうね。相手は石像じゃなくて、アンドロイドだけど……」 アドニスというのは、ギリシャ神話の美と愛の女神アフロディテに愛された美少年の名前で、ピグマリオンというのはアフロディテに傾倒して女神の像を作り、その女神像に恋をしてしまった男の名前。 その女神像はやがて、ピグマリオンの願いにより命が吹き込まれ、生きた女性となった。 「でも、何で急に世界連合が? って感じよね?」 「そこなのよね~」 何で、完全なアンドロイドを世界連合が主導で造らなければいけないのか。 今現在、ある程度の人工知能を搭載されたアンドロイドは存在しているが、自ら考え行動する完全な人工意識をもったアンドロイドは未だに存在していない。 「しかし、こんなネーミング、誰が考えたんだか」 少しあきれた口調のアリサ。 「もしかしたら、局長あたりかも……」 「え? 局長って、あのミューラー局長?」 アリサの問いかけに、うなずくマリア。 「まっさか~」 「あの人なら、ありえる」 二人は、アメリカを出国する前に、世界連合のNIPPON支部局長であり、今回のプロジェクトの最高責任者である、クリスティーヌ・イズミ・ミューラーと対面する機会があったのだが、ミューラーと引き合わせられた時、マリアは相手が母方の叔母だったので、驚くしかなかった。 「昔、ハーレクインとか書いてたこともあったらしいし、ギリシャ神話とか好きだって聞いたことあるし……」 「意外ね。あの顔でハーレクインとか書いてたのか」 二人の間に沈黙が落ちる。 「でも、上司が叔母さまなんてやりにくそうね」 対面した後に、ミューラーが母方の叔母だとマリアから聞かされたので、アリサは少し同情的だ。 「公私は混同しないつもりだけど、言いたいことは遠慮なく言えそうだからそうでもないかもね」 知らない人間からは、コネで選ばれたのではと、陰口を言われてもおかしくはないので、マリアはそのことを公にするつもりはなかった。 ≪ 続く ≫ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.09.09 22:55:31
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