〔 Venusの恋人 ~ アドニス計画 6〕
――6―― クリスティーヌが去った後、四人は中央のシートに横たわる『アドニス』を囲むようにそれぞれシートに腰掛け、今後の指針を決めるためのディスカッションを始めた。「色々注文されるとばかり思っていたけど、ここで保育士の真似事をすることになるとは思わなかったな」 仮にも、クリスティーヌは世界連合のNIPPON支部の局長である。あれはダメとかこうしろとか色々と指示されるとばかり思っていたミサキは、予想外の丸投げに少々脱力していた。 一方、背筋をぴんと伸ばしてシートに浅く腰かけていたマリアは、右手の甲をあごの下に当てながら思案顔でつぶやく。「時間があればベビーから、ってパターンもあったのかもしれないわね」 そのつぶやきを耳にしたアリサが、ぎょっとした顔をして身を乗り出す。「マジで?」「それはないんじゃない? 赤ん坊だと運び出しやすいから、企業スパイとかに狙われて盗まれる可能性があるし、仮に盗まれそうになってもプログラムに則った行動をするだろうから――」 否定するミサキ。その表情を読み取って、アリサは言う。「いざとなったら、抵抗できないわけ?」「そういうこと。――攫われたとき、救助信号ぐらいは送るかも知れないけどね」「いろいろ複雑なのね……」 思わずつぶやいたアリサと、顔を見合わせてしまったミサキは苦笑する。「私たちの仕事はこの『アドニス』を人間と同じように自主性と感情を持ったアンドロイドにするのが目的だけど、局長が言ったように幼児から始めるのは意義がありそうだね」 ミサキの言葉に同意するようにうなずいたマリアとナオミ。しかし、一人だけ理解できないと言わんばかりの表情をしたアリサが疑問を口にする。「そうかしら? 人間と同等の感情を持たせるのに、どうして子供から始めるのかがわからないんだけど?」 その疑問にはナオミが答える。「私の推測だけど、局長は『アドニス』に人間の成長やそれに伴う環境の変化を疑似体験させたいんじゃないかと思う。それにさっき、サンプルがどうこう言っていたから、託児所のナニーロボットや被験者の子供から色々なパターンのデータを取り込んでいくはずよ。私たちが行うことのデータも含めてね」「なるほど! 何だか育成シミュレーションみたいね。面白くなってきたわ」 合点したあと、アリサは子供のようにわくわくとした表情をした。「環境とか人格形成から始める方法は、ある意味新しいやり方ではあるね。それなりに時間はかかるけど」 ミサキは言いながら頭の後ろで両手を組み、軽く腰かけていたシートに深く座りなおすと、そのまま上半身を倒した。「そうね。有効な手段ではあるわ」 マリアが同意すると、ナオミが思い出したように口を開いた。「だから局長は色々ツバサに頼んでいったのね! 彼、凝り性だし、ああ見えて職人気質だから」「きっと注文以上のことをやってくれるだろうね」 ミサキが苦笑したように言うと、ナオミとアリサが同時に口を開いた。「「そこが、NARITAクオリティー?」」 見事にハモったので、皆は顔を見合せて笑った。 その場が落ち着きを取り戻した頃、マリアが口を開いた。「とりあえず、教育方針を決めなくちゃいけないのかしら?」「そうだね。ダミーとはいえ、この子はハイスペックだろうから、子供が普通にする『勉強』は必要ないだろうし。――情緒面の開発だね」 ミサキが答えると、「う~ん」と唸りながらアリサがつぶやく。「何すればいいんだろう?」「育児書とか読んでみる?」 ナオミが言うと、ミサキは同意する。「それもありかもしれないね。――でも、『子育てに正解はない』って言うからなぁ」「とりあえず、童心に帰っていろいろ遊んでみるのはどう?」 アリサが提案すると、ミサキは「それもいいねぇ」とうなずく。「子供は遊ぶのも仕事だからね」「何して遊ぶ?」「まずは鬼ごっことか?」「狭くてここじゃできないわよ」 アリサとミサキの会話に、ナオミの突っ込みが入る。「そうなると、外に出ることも考えなくちゃいけないわけか」「ラボの外に連れ出しても大丈夫なの?」 マリアが聞くと、ミサキが答えた。「その辺は、局長に聞いてみないと何とも言えないな……」 ≪ 続く ≫ランキングに参加しています。 良かったら押してください。