「最 良 の 選 択 」 11/29
☆彡 最 良 の 選 択 ☆彡 冬の日曜日の昼前。 駅への道を、一人の男が歩いている。 歳は40歳なのだが、小柄で髪が薄く、 顔も青白いから、それよりは老けて見える。 おまけに、紺のコートはいささか色褪せており、 ポケットに両手を入れ、背をまるめて歩いているので、 かなり貧弱な感じがする。 場所は、郊外に位置する公社団地の一画。 だから、眼をあげれば寒空の下、建設後20年に近い 棟群が何度かの補修を経つつも、薄汚れた色で 連続しているのが眺められる。 だが、いま彼の視野にそれらは映っておらず、 歩道のアスファルトのみがつづいている。 いつものようにうつむき、いつものように 頭をにうかぶままに、あれやこれやと、 ものを考えながら足を進めているからなのだ。 「・・・・・・挨拶か」 と、彼、すなわち小野寺文夫は思う。 「そういうのは、本当に苦手なんだ。だけどまあ、 なんとかなるだろう。昨日の夜、ちゃんと紙に書いて 練習したんだからな」 コートの下に黒い礼服を着、純白のネクタイを しめている彼は、その文言を思い出す。 「ええ。ただいま、ご紹介をいただいきました、 小野寺でございます。片桐さん、良江さん、 おめでとうございます。 御両家の皆様方、本当におめでとうございます。 心より、お祝い申し上げます。」歩きながら そこまで暗唱し、ふっと気になって、彼は考える。 作 者: かんべむさし