☆彡 最 良 の 選 択 ☆彡
冬の日曜日の昼前。
駅への道を、一人の男が歩いている。
歳は40歳なのだが、小柄で髪が薄く、
顔も青白いから、それよりは老けて見える。
おまけに、紺のコートはいささか色褪せており、
ポケットに両手を入れ、背をまるめて歩いているので、
かなり貧弱な感じがする。
場所は、郊外に位置する公社団地の一画。
だから、眼をあげれば寒空の下、建設後20年に近い
棟群が何度かの補修を経つつも、薄汚れた色で
連続しているのが眺められる。
だが、いま彼の視野にそれらは映っておらず、
歩道のアスファルトのみがつづいている。
いつものようにうつむき、いつものように
頭をにうかぶままに、あれやこれやと、
ものを考えながら足を進めているからなのだ。
「・・・・・・挨拶か」
と、彼、すなわち小野寺文夫は思う。
「そういうのは、本当に苦手なんだ。だけどまあ、
なんとかなるだろう。昨日の夜、ちゃんと紙に書いて
練習したんだからな」
コートの下に黒い礼服を着、純白のネクタイを
しめている彼は、その文言を思い出す。
「ええ。ただいま、ご紹介をいただいきました、
小野寺でございます。片桐さん、良江さん、
おめでとうございます。
御両家の皆様方、本当におめでとうございます。
心より、お祝い申し上げます。」歩きながら
そこまで暗唱し、ふっと気になって、彼は考える。
作 者: かんべむさし