テレビから樹木樹林さんの声が聞こえた。NHKである。画面には忌野清志郎さんが映っていた。
向かっているのはアメリカ・カリフォルニア州東部のホワイトマウンテン。そこに4000年を生きた怪樹があるのだという。
4000年!とは気が遠くなる。歴史のはるかかなただ。樹木はそんなに長く生きられるものなのかしら。
やがて画面に白っぽい山が現れ、そこに緑が点在している。
その樹は
ブリッスルコーンパインという。松の木の一種だ。
異形という言葉が浮かぶ。
「高地の強風の吹き荒れ、紫外線、極寒、乾燥とおよそ生物に適していない土地で土壌も岩石質の斜面土壌と戦いながら、自然と適合しながら生存してきた」と説明がある。
一本の木全体が生きているのではない。9割は死んでいるのだ。残り1割を生かすために9割が死んでいるのだ。生育に必要なものが十分でないから、自らそういう選択をしている。それが生存の秘訣だ。
4000年を生きて、樹の9割が死んでいるのに、残り1割の部分はなおも松ぼっくりをつけている。なおも未来を見据えている。
過酷な環境ゆえにゆっくりゆっくり成長する。だからこそ長く生きられた。ねじれよじれもがき続ける異形となって生きてきた。
その年輪が地球の履歴書になる。今この地球に生きてる誰も知らない世界でこの樹は呼吸してきたのだ。
2本の樹が向かい合って立っていた。どちらも難解な現代アートのオブジェのようである。片方はもはや死んでいて、もう一方にはわずかに緑の葉がついて生きているのがわかる。
生と死がそんなふうに向かい合っていた。
清志郎さんはこれは風神と雷神みたいだといった。その直感に共感する。どこか神々しいのだ。人間がひれ伏してしまいそうな力がそこにある。
その山のてっぺん近くに生える若いブリッスルコーンパインをみて、清志郎さんはその過酷な4000年に思いを馳せていた。なんと長くたいへんな一生だろう。
今地球にいるだれも見届けることはできないけれど、「がんばれ!」と言いたくなってしまう。
人間なんかよりもっとたくましくしたたかな生き物なのかもしれないけれど、その気の遠くなるような時間はわたしの想像力を超える。
生きるということの凄みがここにもある。