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sarisari2060

sarisari2060

2005.08.12
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カテゴリ:エッセイ
学生時代の友人さっちゃんと28年ぶりに会った。同窓会の下見という名目だった。

京都駅の中央改札口に現れたさっちゃんはちょっと皺がふえてちょっとおなかまわりがふくよかになったが、おおむね相変わらずのさっちゃんぶりだった。

駅からタクシーに乗り、同窓会会場にしようと思っていたホテルの名を告げると、そこはもう廃業したのだとドライバーがいう。

ええー、あのホテルが?と驚きながらホテルそばの博物館前でタクシーを降りた。えっ、博物館の正面はこちらだったのか?と自分の記憶を探る。

廃業したホテルを横目で見ながら汗かきかき坂を上ると赤いバスが追い抜いていく。「プリンセスラインバス」とある。行き先がわれらが母校だ。そうか我らはプリンセスなのか、と苦笑しあう。

女坂を登るとふたりともなんだか違和感がする。なんかちがう。道の感じや道そばの塀の感じだとかがなんとも言えずちがう。28年も経てば風景は変わる。中高の校舎はピンクだった。さすがプリンセスの学び舎だ。

それでも坂の片側には「里」だとか「坂」だとか「東林書房」なんて懐かしい店が並ぶ。忘れていないや。喫茶レストランの「里」でランチをして、長話をする。

さっちゃんは前の電話でわたしがすっかり忘れてしまっていた「洋楽レコード店のおねえさん」の写真を持ってきて、ほらこのひとよ、思い出した?と詰め寄る。

顔を見ても思い出せない。すっかり抜け落ちている。いかんねえ。その人を含めた集合写真も見せてもらって、そのなかの自分の髪型に驚いていた。聖子ちゃんみたいだった。そんな日もあったのだ。


店を出てまた坂を上る。4年間通った道。食堂のある棟が見えてくる。昔前触れなくBFが現れたのはここだった。少し上ると学生課のある敷地が見えてくる。そのまま上っていけば秀吉のお墓だ。丸みを帯びたその建物は昔のままだ。古びた建物の窓の外に草が生えている。休講の張り出しやアルバイト紹介を見に行った。

あの教室で、なにがあった、かにがあった、だれそれがどうしたこうしたとさっちゃんは言うが、そのどれも思い出せない。そんなことはすっかり忘れてしまってる。いっしょにいても全然ちがうことを考えていたような気がしてくる。

さっちゃんの記憶力のよさに感心して、「すごいね」というと「いいことも悪いこともわすれられないのは辛いことでもある」と答える。

忘れてしまいたいことも細部までくっきり思い出せてしまうのは、救いがたいことかもしれないなと思いいたる。意識的に忘れてしまうことでひとはこころのバランスをとるのかもしれないのだから、資料のように克明な記憶がかならずしも幸せなことではないようだと思えてくる。

同窓会をどうしようかい、なんておばさんギャグをいい、あれこれ思案しつつ別れた。2月に大病をしたというが、身長150センチないさっちゃんの背中は28年前のまま、ほこりたかくまっすぐ伸びて、宇治の花火に行く人で込み合うひとの波を切り裂くように通り抜けていった。


今回はさっちゃんに会うという予定があったが、基本的に帰省するメインの理由は姑の存在だ。ここのところ加速度をつけて記憶力がなくなってきている。MRIで脳のありようを見て、医師から引導はわたされているものの、あんなに明晰でしっかりしていたひとが、と驚き、いささかせつなくもなっている。

いっしょにお茶を飲んでいるとき、わたしの顔をしげしげと見つめた姑は髪が真っ白になった頭をかしげ、けげんな顔つきで聞いた。
「ほっぺた、どないしたんや?」
一瞬言葉を失う。ちょうど十年前の夏、手術のあと病院に駆けつけて来てくれて、何日か息子たちの面倒をみてくれたのに、もうすっかりわすれてしまっている。
片頬で過ごしたわたしの十年間は姑の記憶から抜け落ちている。

ただ「ちょっと」とだけ答えた。事情を話しても「へー、そんなことがあったんか」と驚くだけだろう。姑の頭のなかで、出来事は重大なことも些細なことも関係なく、ただシャボン玉が割れるように消えていくようだ。

隣りに住むサトウのおばさんが気をつけて見に来てくれる。「あんなにしっかりしたはったのになあ」とため息まじりに姑の変化を告げる。いつ会っても「久しぶりやね」と姑は言うらしい。昨日あってもそうなのだ、と。

帰省三日目、夕食後ひとねむりして起きだしてきた姑は「もうわたし、晩御飯、たべへんわ」と言った。時間帯がわからなくなっていたらしい。単なる勘違いだろうとは思う。が、何時間か前に食べたのにと思うと、こんなことが当たり前になる日もいずれくるのだという気がしてきて、それもまた衝撃だった。

わたしをふくめただれもがいずれは行く道をあざやかに見せてもらっているのだと思う。この国が成り上がっていく時代のなかで、そう裕福でもないくらしのなかで、奥歯を噛み締めるようにして日々を前向きに誇りたかく負けん気と生真面目さで踏ん張ってきた姑の終の姿。

「もう死んでしもたらええのに、死にもせんと、ご飯はよう食べられるし、よう寝るし、自殺も怖おうてようせんし、100まで生きるて言われるし・・・」
そのひとくさりを何回聞くだろう。繰り返す言葉はいつも同じでわすれないのに、さっきも言ったということをわすれてしまう。

おとといの夕飯に何を食べたかなんてことはわたしだって忘れてしまうし、聞いた文句も告げたことばもきれいさっぱり記憶から消えていることもある。特に数字や道順は覚えにくく忘れやすい。そんなわたしの前に聳え見下ろすように君臨していた姑にもこんな日がくる。

右側にさっちゃんがいて、左側に姑がいて、まんなかにわたしがいる。そのポジションで、「わすれてしまうということ」をずっと考えている。





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Last updated  2005.08.13 08:51:56
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