今日もデジカメ片手に路地を行ったが、どうしたものか、ねこに出会わない。
仕方がないので、雷蔵さんのところへいった。雷蔵さんはいつもと同じところに静かに座っていた。
今日の表情を撮っていると、むかいの家の2階のベランダから声がした。
「ねこの写真、撮ってんの?」
悪いことをしているわけでもないのに、どきっとする。
振り返ると白髪交じりの髪をゆるやかな三つ編みにした老女が差し込む西日を手で翳していた。
「写真撮って、野良猫の里親でも探すの?」
続けてそう問われて、なんと答えればいいのかと思案する。
「集合住宅なので飼えないもので、写真だけでもと思って」と言い訳してしまう。ほんとは自分に飼う甲斐性がないくせに。
「その子もようやく元気になったのよね」とそのひとは雷蔵さんを指して言った。
雷蔵さんは実は野良猫で、しばらくまえ病気になり、目やにがたまり、ガリガリに痩せていたらしい。
それをみて、近所の親切なおばあさんやその孫娘が決まった場所でえさを与え、可愛がっているのだという。
「だから、野良だけど、可愛がられてるからいい子なのよ。みんなはチャー坊って呼んでるわ。慣れたら人懐っこい子よ」
それまで雷蔵さんと呼び、こわもてのねこだと思っていたねこが、けなげなチャー坊に見えてくる。
「チャー坊はね、うちのニャンコと仲良しなのよ」
そう言ってそのひとが指した先、いくつかの植木鉢のあいだに白いねこがいた。
ニャンコは落ち着かない目をしていた。居心地の悪そうなどこかへ消え入りたいような顔をしている。
「にゃおん」と呼びかけても返事をしない。
「この子も捨てられてたの。尻尾が切られててね、半分腐りかけてたの」
それは人間の仕業であったらしい。
「ねこも夢みるらしくて、寝ててうなされてるのよ。忘れられないのね。人間と同じね。かわいそうにね」
そう言ってそのひとは目をしばたたかせた。ニャンコは遠くを見つめていた。
「もう大丈夫なんだけどね、警戒心が強くて、わたし以外には慣れないのよ。そんな育て方してかわいそうだったんだけどね」
それでもニャンコはチャー坊が動くと目で追う。
「ふたりはなかよしなのよ」とそのひとが繰り返した。
「お話聞けてうれしかったです」とわたしが言うと「またチャー坊を可愛がってやってね」と声が返ってきた。