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テーマ:仕事しごとシゴト(23720)
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クリスマスも正月も過ぎているのにいまだに移植学会の研究資料を作っているわたしは
すっかり世間から取り残されてしまったような気分だ…。 新年初の日記だというのにやはり書くことは患者のことしかないのか…と あくまでも『病院漬け』の自分にあきれている。 昨年もわたしは様々な患者の様子について書き綴ってきた。 毎回読んで下さっている方は『あ~~あの人のことね』と思い出していただけるだろう。 そんな『あの人たちの今』はどうなっているのか。 気になる方は読んでいただいて、わかんね~よって方はパスしてください。 まずは何度かに分けて書いた『命をかけるということ』 ここに登場した難しい移植にトライした彼は昨年10月、めでたく退院することができた。 今は1週間に一度採血のために外来受診し、再発にヒヤヒヤしながら毎日を過ごしている。 彼の目標だった社会復帰にはまだ遠いが、かなわない夢ではなくなった。 受診のたびに病棟に顔を見せてくれて血液データを分析して聞かせてくれる。 それは見事に予測されるリスクを分析する彼の勤勉さには頭が下がる思いである。 あの移植をしたあと、窓の外の春を遠くに見ながら 『来年の花見はできるかな…』と言った彼の表情とはまるで違う明るい笑顔を今は見せてくれている。 そして次に『ホントの自分とナースの自分』で登場した仕事命の44歳の彼。 彼は予後告知を聞いたあとから 自分の置かれている状況がわからないほどに精神を病んでしまった。 もう二度と歩けない、もう二度と元のような生活は送れない。 そう気がついたときにはその事実を自分の中で抹消したかったのだろう。 真夜中にナースコールを押し続けては『立たせてくれ』と言う彼の声を わたしは今も時々思い出す。 昨年10月初旬に彼は充電の切れた携帯電話を胸に抱いたまま亡くなった。 朦朧とする中で、彼が肌身離さず持っていたものは会社に連絡するためと株を売り買いするために 大切にしていた携帯電話だった。 病院をあとにするとき、大きな身体を毛布に包んで胸の前で組んだ手には携帯電話を握らせた。 わたしたちに出来ることはそれしかなかった。 そして『余命100日』で登場した企業家の彼は、セカンドオピニオンを選択し 臍帯血移植で有名な某病院に転院した。 12月初旬 彼はその病院で臍帯血移植を受け、今は退院していると聞いた。 彼の家の近所の人の話によると 彼の奥さんが町内会費を集金に来たが 普段と変わりない様子だったそうだ。 道路から見える彼の大きな会社はいつものように稼動しており、 彼の愛人の車もしっかり停まっている。 余命100日と宣告されてもうすぐ4ヶ月。 人生はイチかバチかの勝負で生きる…そう言っていた彼はどうやら勝負には勝ったらしい。 臍の緒に隠された神秘には驚くばかりである。 昨年末には29歳で移植も成功していた男性が突然亡くなった。 その日の朝、いつものように話して 深夜明けだったわたしは『また明日ね』と言って帰った。 同日昼頃に彼は急に激しい呼吸困難を訴え、看護師が医師に連絡を取っている数分間、 そのあっという間に逝ってしまったのだ。 病理解剖をしたがこれという所見は見つからなかった。 彼のいた部屋にはいつも使っていた彼のお気に入りの香水の香りが残っている。 もう20日が過ぎようとしているのに 彼はまだその部屋で難しい顔をして文庫本を読んでいる気がしてならない。 長く入院しているとその人の気配がその病室のイメージになる。 その気配が消えるときは次の患者が長くそこで滞在するときである。 そうしてイメージは塗り替えられ、新しい思い出が増えるのだ。 今日は まだ彼の香りがする部屋に『おはよう、少しここで研究の文章作らせてね』と声をかけ ノートパソコンを3台持ち込んだ。 電気スタンドは彼がいつも本を読む位置にあるままだ。 気難しい彼が唯一はにかんだ顔を見せるのは本の話をしたときだけだったことを思い出した。 生きていくには運とタイミングが必要である。 なんだかそういう気になる。 運とタイミング…。どちらも一瞬の判断で決まるものだ。 今年その一瞬を逃さず手に入れる人は誰なんだろう。 きっと宝くじの1等を当てるよりも難しいことなんだろうな…。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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