赤い夜(最遊記・八戒)
**もし八戒が禁忌の子と出会っていたら**守りたい思いと壊したい思いが同時にあった。本当の姿で愛する事が出来るのか・・カフスが床に落ちた。赤い瞳の力が膨れ上がる妖力と鬩ぎあっている。全身にからまる蔦の文様が僕の心をからめとる。伸びた爪が彼女の肌に赤い筋を刻む。痛みを伴うくちづけを受けて小さな苦悶の声が漏れる。それでも彼女は見つめている。赤い瞳に宿る光には憎悪も嫌悪もない。僕は狂いたかった。なのに狂えないままにここにいる。いっそ他の妖怪のように正気を失ってしまえるなら、その方が幸せかもしれない。罪の意識と後悔と戒めと・・・この醜い姿のまま、そんなものを背負いきれるはずはなく、僕は壊れてしまいたいのに・・赤い瞳が僕を見ている。僕の中の痛みを見ている。痛みにその目が暖かい涙を落とす。狂おしい時間の中で、僕はけだものになりたいのに、その目は僕に愛の営みをさせる。切り裂きたい欲望が愛しさと混じり合う。激しくよじれる心の奥で僕は叫びをあげている。僕は、僕は、僕は・・・快楽が湧き上がる。瞳を閉じてしまえば楽になると思いながら(なるはずはないのに)、僕は赤い瞳から目をそらす事は出来ない。・・・・そして殺さずに愛し切った。カフスをつけると、強い脱力感に襲われた。反動だ。白い肌には、赤い長い爪痕と咬み傷がいくつも刻まれている。くちびるでなぞると痛むのか、彼女は身体を硬くした。しかしそれ以上は逆らわない。本当の僕が愛せる女は彼女だけなのだ。彼女はそれを知っている。この手を幾ら血で染めたとしても、愛する者を引き裂く事だけはしたくない・・・でも僕は知っている。きっとそうなってしまう事を。愛の為に殺戮を重ねた僕は、愛しい人と愛を交わす事が許されない身体になった。それが罰だというのなら、誰かを愛する心こそ奪って欲しかった。ここに愛はないのに、僕と彼女は愛の真似事を繰り返す。半分は人、半分は妖怪の僕等は、当たり前の愛を始めから見失っている。謝罪の言葉を薬と共に傷に塗り込めながら、僕は彼女に苦い悔恨を口移しにする。いっそ僕を憎んで欲しい・・・憎んで欲しいのに、愛して欲しい。ふたつの響きが不協和音を作りながら、僕の中に木霊する。彼女が僕の元を去る日を予感しつつ、今ここですべての時間を止めてしまいたい思いにかられている。彼女の赤い髪がこんなにも血の色に見える・・・