ベル姉の鯉する日常ときどき妄想

その7

ヘキサな刑事・羞と心
(その7)



その男は「立派な病院の院長」にも見え、「立派なヤクザの組長」にも見えた。
どちらの肩書きで自己紹介をされても納得する。
年齢は60前後といったところか。
部屋は豪華ではないが、全体的に「長年かけて磨きぬかれた」という感じだ。
「巌松係長に会いたいと言ったら(実際は先制されたのだが)こっちに通されましてね」
オレはそう言いながら部屋を見渡した。
大時代的な掛け軸も威圧するような置物もない、いたってシンプルだった。
本棚にはちゃんと医学書もあった。
小道具ではないとしたら、やはり医者なのだろうか。
「隣の部屋に居ますよ。そこの戸を開けてみてください」
柔らかいバリトンだ。意外だった。
その物腰から「立派なヤクザな組長」のパーツがとりあえずひとつ外れた。
言われたとおり戸をあけると和室になっており、それには似合わない医療用のベッドが置かれていた。
そして巌松が横たわっていた。
頭に包帯が巻かれ、ネットが被されている。
「そのケガ、ほんもの?」
ユースケが言った。
オレは思わず笑いそうになった。
率直にもほどがある。
オレは巌松も笑うかと思った。
思ったが、本当に笑うとは思わなかったので本当に笑ったことに驚いた。
「病人を笑わせることに罰則がないのが不思議だ。縫ったところが開いたらどうするんだ、ばかやろう」
「開いたら、ほんものという証明になりますよ」
オレは皮肉たっぷりに返してやった。
まず、ジャブだ。
聞きたいことが山ほどある。
「クルマに刎ねられたそうですね」
「なんだ、尋問か?」
「尋問されるような悪いことでもしたんですか?」
「うるせえ」
「なんで、普通の病室にいないんですか?」
「なんで、オマエに答えなきゃならん」
「その性格もついでに、治してもらったらどうっすか」
ユースケが割って入る。
「うるせえ」
「その「ヒンジャクナゴイ」もどうにかしたほうがいいっすよ」
ユースケはおやっさんに対する意趣返しを巌松にした。
オレは笑いそうになるのをこらえた。
「オレたちはここに通された。それにはどういう仕掛けが、からくりがあるのかさっぱりわからないけど、
ルールってものがそれなりにあるんでしょう。そのルールにパスしたんですよ、オレとユースケは。
尋ねる権利はあると思いますがね」
「くそくらえだ」
オレはため息をついた。ラチがあかない。
「わかりました。もういいです」
「え?帰るの?つる兄」
ここに通された、そのことに意味があるんだ。
巌松個人に執着してもその意味はわからないだろう。
巌松が「決済」を下したはずはないからだ。
では誰だ?
「先生」
オレは院長に向かって言った。
「話、聞かせてもらえますよね」


院長は巌松のほうを見た。
それは了解を得るというより、自分が今からすることを一方的に告げた、ということににすぎない態度だった。
ここでは巌松はなんの力もないのだ。
それも「病人」という立場以上に。
オレとユースケは院長室に戻った。
「まぁ、どうぞ」
院長はソファをすすめる。
「昔はあんな男ではなかったのですがね。いい刑事だった」
オレとユースケは顔を見合わせた。
少なくとも「組長」の言うセリフではない。
「5年前娘さんが亡くなるまでは・・」
「え?」
「知らなかったのですか?」
「ええ。わたしがこっちの署にきたのは3年前ですから」
わたし、、、こんな一人称を使ったのは何年ぶりだろう。
いや、使ったことがあるかどうかも定かじゃない。
この男の前に出るとこっちの品までよくなる気がする。
威厳はあるが決して相手を萎縮させる類のものではなく、包み込む大きささえあり、ここちよい緊張感が生まれる。
「オレ、、あ、ボクは先輩の1年後です」
ユースケも背筋が伸びていた。殊勝な顔に吹き出しそうになるのをこらえオレは尋ねた。
「娘さん、病気かなんかですか?」
「心臓です。拡張型心筋症」
かくちょうがたしんきんしょう・・・
反芻したが、どういう病気なのかさっぱりわからなかった。
あいにくそっちの方の知識はない。
「それって!」
ユースケが突然叫んだ。
「心臓移植しないと助からない病気じゃないですか?」
「そうです、しかも日本では15歳以下の移植は禁止されてます。
巌松くんの娘さんは7歳でした」
「つる兄、テレビなんかで見たことない?移植するには海外にいかないとダメで、多額のお金がかかる。
だから、ボランティアが募金を募ってるの」
あ~、それなら聞いたことがある。
そうなのか、巌松の娘はそんな病気で、、、


亡くなった?

「先生、間に合わなかったんですか?」
「残念ながら」
院長は深いため息をついた。
碧い海の底まで沈んでいきそうなため息だった。
このひとは心底、巌松の娘の死を悲しんでいる。
オレは院長というパズルの出現に最初は混乱したが、今の話で絵は見えてきた。
「それでわかりました。巌松係長が『悪徳警官』になった理由が」
オレの言葉に碧い海は凍りついた。
それでもあえてオレはそういう言い方をした。
院長は一瞬オレを睨んだが、またため息とともに目を落とした。
「莫大な金が必要だったのです。いや、理由にはならない。わかっています」
オレは結婚していない。もちろん子供もいない。
だが、想像してみることはできる。
海外移植は億単位の金がいるようだ。
それができたとしても、ドナーがみつかるまで待たなくてはならない。
だが、費用が工面できなければ、なにも始まらない。
みすみす、自分の子供の命が削られていくのを目の当たりにするだけだ。
耐えられないだろうな。
巌松はヤクザなデカだった。
いや、自らヤクザなデカになった。
娘の前では、どんな顔になっていたんだろう。
小さな手をとり微笑み励まし、そして妻と二人の時は泣いたのだろうか。
「先生は係長のなんなんですか?」
ふいにユースケが割って入り、オレの感傷は中断された。
「友人の友人といったところでしょうか」
「牧原刑事ですか?」
「牧原ってだれ?」
「おやっさんの苗字じゃないか」
「あ、そうか、いつもおやっさんって呼んでたから一瞬わかんなかった」
「そうです。彼とは中学のときからのつきあいです。
わたしは医者、彼は警官と進む道は違いましたが、なぜか腐れ縁は続き今に至っているわけです」
といって微笑んだ。
進んだ道も違うが性格も雰囲気もずいぶん違うものだ。
あのおやっさんとどこが気があったのだろうか。
「しかし、彼のおかげでずいぶん、変わった患者を受け入れましたよ」
「え?」
「組から足を洗いたいと言ってリンチを受けた若者、目撃者になったため危険に晒されそうになったご婦人。
その他いろいろな人間をここで匿ってくれと頼まれました。そのため、だんだん変な噂も立ちましてね、
どうもここは訳ありの病院だと。だから、ほら、今はこんな閑古鳥状態ですよ」
と言って、はははと声を上げて笑った。
話す内容に似合わない鷹揚な笑い方だ。
「先生にとっては迷惑なはなしだったでしょう」
「病院の経営者としてはたいへんなリスクですね」
そう言いながら、まだ微笑んでいる。
「おやっさ、、いや牧原さんが親友だからですか?」
「友情というものはときに損得をも超えるものです。きれいごとに聞こえますか?」
オレはすぐに答えられなかった。
相手があまりにも大きすぎるのだ。
おやっさんとはずいぶんタイプは違うが、二人が長く友情をはぐくむことができたのは理解できた。
院長もおやっさんも「覚悟」ができる人間なのだ。
「鶴野さんと上地さんにもそういう人がいるのではないですか?」
え?
「あなた方がしていることも損得を超えているでしょう?」
なにを知っているのだろう、この院長は。
「もう出てきてもいいでしょう」
院長は巌松係長がいる部屋とは反対の部屋のドアに向かって声をかけた。
ドアが静かに開き、そこにひとり若い男が立っていた。
「ナオキ!」
オレとユースケは同時に叫んだ。



(つづく)



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