『美丘』 石田衣良
「美しい丘と書いてミオカ。それがきみの名前だった。」過去形で始まる語りがなんだか妙に哀しかった。全ては終わり、それを振り返る形で語られるお話は、読む側に 覚悟とどうにもならないという諦めのような感情と一種 落ち着きみたいなものを与えてくれるような気がする。13ヶ月という短い時間。2人の時間は限られていたけれど、その濃さは誰にも負けなかったんじゃないかな。"小さい頃に頭蓋骨骨折。その時に移植された乾燥硬膜で、ヤコブ病に感染してるかもしれない。発症したら数ヶ月で・・・。"だから、美丘はいつも全力で生きてた。常識外れで過激な言動も、命が無限じゃないってことに気づいてたからだ。誰でもいつかは死ぬ。それは、みんなが知っていること。でも、今日明日自分が死ぬかもしれないっていう危機感は、ほとんどの人は 持たずに生きてる。美丘は発病した。料理が作れなくなる。思い出せなくなる。難しい字が書けなくなる。歩けなくなる。普通にしゃべれなくなる。手が動かなくなる。日常生活の中で今まで当たり前にできていたことが少しずつできなくなっていく。大好きな人のことさえ 分からなくなってしまう。怖いと思う。心の拠り所のない不安。自分が自分でなくなる恐怖・・・。言葉のひとつひとつが胸にくる。終わりが近づいているということをずっとどこか意識しながら読んでいた。それは、最初の覚悟のせいかもしれないし、文体のせいかもしれなかった。空や季節の話さえ、いや、そういう「普通」の描写で余計に思うことがあった。最期は太一の手で という美丘の願いは分かる気はするけど、太一はそれをやっちゃいけないと思う。心が縛られてしまうから。永遠に消えなくなってしまうから。