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2011/07/10(日)00:46

南スーダン

地理(283)

アフリカ・スーダンからの独立を果たした「南スーダン共和国」の首都ジュバで9日、独立式典が開催された。 各国の首脳が見守るなか、サルバ・キール新大統領が就任を宣言。新たな国旗が掲げられた。 国連総会で今月14日にも、193番目の加盟国として承認される見通し。 南スーダンは豊かな油田地帯を抱えるが、北部・スーダンとの石油収入の分配は折り合いがついていない。 20年以上に及ぶ南北内戦の傷痕は深く、インフラ整備の遅れが目立つなど前途多難な船出となった。 式典にはアフリカ約30カ国の首脳や国連の潘基文事務総長、米国のライス国連大使やパウエル元国務長官らが出席。 日本からは、菊田真紀子外務政務官らが参加した。 南部スーダン暫定議会のワニ議長は、「南スーダンの人々の意志に基づき、我々はここに主権国家として独立する」と宣言。会場は大きな歓声に包まれた。 続いてキール新大統領が、「大統領として、真に忠誠を尽くすことを神に誓う。法に従い、市民を守り結束を進める」と宣誓。新たな国家づくりへの意欲を示した。 北部・スーダンのバシル大統領も出席した。 大統領は西部ダルフール地方における住民虐殺などの戦争犯罪容疑で国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている。 国外に出れば逮捕される可能性もあり出欠が注目されていたが、南スーダン側はあえて招待することで南北の友好ムードを演出した形だ。 (毎日jpより) -------------------- 世界地図に新しい国が加わった。 アフリカ54番目の国で、首都はジュバ。 3つの地方、10州で構成され、スーダンがイスラム政権であるのに対して、南スーダンはアニミズムなどアフリカ伝統宗教が多い。 南スーダンはもともとイギリスの占領地。 イギリスはエジプトの支配下にあった北部スーダンよりもウガンダとの統合を望んだが、1947年のジュバ会議で南北スーダンの統合が決められた経緯がある。 1956年にスーダン共和国として独立したものの、北部の政治的・経済的支配が続いたことから内戦が絶えなかった。 油田が多く分布することは経済基盤として期待される一方で、その収入分配の問題や内戦からの復興など課題も多く抱える船出。 193番目の国連加盟国として承認される見込みで、今後国際社会での立ち位置を固めることになる。 地理の教科書ではこの国をどのようなポイントでとらえるのだろうか。 そのあたりにも興味はある。 いずれにしても、地図はまた一つ描き変わった。

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