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エスター・ウイリアムズ、彼女の名は水の中で大きく輝き、煌めいた。陸の上にあがった彼女は”陸に上がった河童”だった。美人だったのに残念だ。
「濡れているときのエスターはたしかにスターよ。でも、乾いているときの彼女はただの人」といったのは、1946年の「ジーグフェルド・フォーリーズ」で一緒に仕事をしたファニー・プライスだった。 1923年8月8日、エスターはロサンゼルスで生まれた。ハイスクール時代から競泳選手として活躍、1938年には全米大学選手権で15歳で世界記録を達成。1940年の東京オリンピックへの出場が見込まれたものの、サンフランシスコ万博での水中ショーに参加するため辞退(後に東京オリンピックは第二次大戦のため中止)。これがMGM社のスカウトの目にとまった。 1942年、『アンディ・ハーディ』で映画デビュー。この映画の出演者だったミッキー・ルーニーはこういったそうだ。 「正直いって出演したとは言いたくないなあ、映画の中で泳いだことはあるけど・・・」 歌わず(吹き替えは別)、踊らず、演技らしい演技もせず、ただ泳ぐだけでスターの座を十数年守り続けた女優は彼女以外にいない。エスターは全く稀有なキャラクターだったといえるだろう。 MGMはこのオリンピック級のスイマーを水着の女王として売り出そうと考え、「世紀の女王」に出演させた。映画はヒットし、これ以後おなじみの水中ショー付きメロドラマを年一本づつ作り続けた。 世紀の女王(DVD) ◆20%OFF! エスターに言わせれば、「会社のしたことは、私の相手役の二枚目とプールの水を替えただけ」だそうだ。それでも彼女の映画は客を呼び続けた。フレッシュで陽気なお色気、健康優良児風の体格のいいボディ・ライン。 だが、彼女がスターの座に止まり続けたのは、第2次世界大戦後の世相の暗さを吹き飛ばす水中レビューの華やかさにあったのだと思う。 【送料無料選択可!】私を野球につれてって 「私を野球につれてって」はミュージカル仕立て、「水着の女王」「百万弗の人魚」は水中レビューが売り、「狙われた女」は単なるサスペンス物でエスターらしさは見れなかった。 61年「ビッグ・ショー」を最後に彼女は引退、69年にはフェルナンド・ラマスと結婚。生涯を通じ、結婚は4回、二男一女の母である。現在も86歳で健在だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.09.02 09:13:33
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