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テーマ:男優たちの華麗な酒盛り(277)
カテゴリ:ラ~ロ
★一点もの★[直筆サイン入写真] レオナルド・ディカプリオ (ギャング オブ ニューヨーク) レオナルド・ディカプリオ、彼の名を一躍世界に広めた作品は、「タイタニック」だろうと思う。”タイタニックもの”はこれまでいくつもみているが、出来栄えは最右翼といえる。それもレオの存在を抜きにしては考えられない。日本ではレオ様と呼ばれ人気沸騰したそうだ。 ジェームス・キャメロン監督が創り上げたこの映画は、ほぼ実物大のタイタニック号を使い、2年の歳月と過去最高の製作費2億ドル(約240億円)を投入した豪華版である。 船首で上流階級の娘、ケイト・ウィンスレットを抱きしめるようにして立ったレオ様の姿を覚えておいでの方はさぞ多いことだろう。まるでこの映画を象徴するかのようなカットだった。 タイタニック 興行収入は歴代一位、アカデミー賞ノミネート数は「イブの総て」と並ぶ史上最多の14と、数々の記録を塗り替え20世紀を飾る作品となった。 レオナルドは1974年11月11日、カリフォルニア州ロサンゼルスで、父ジョージと母イルメリンとの間に生まれた。 両親共に美男美女の夫婦と評されるほどの美貌の持ち主であった。レオナルドの名は、母が妊娠中にイタリアの美術館でレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画を鑑賞している最中に胎児が強い反応を示した(腹部を蹴った)ことに由来するそうだ。姓のディカプリオは『カプリ島の』の意である。 生後間も無く両親は別居し、レオナルドは母に引き取られたが、頻繁に父とも顔を合わせていた。幼少時はベースボールカードや漫画の収集、さらに父と美術館に足を運ぶことが趣味だった。また、母の実家があるドイツを度々訪れ、そこで祖父母と時間を過ごすことが多かったそうである。 父の再婚相手の息子(レオナルドの義兄)がテレビコマーシャルで多くの収入を得ていたことに感化され、俳優になろうと志した。 14歳で初めてテレビコマーシャルへの出演を果たし、テレビドラマにも出演を重ねるようになり、映画デビュー。1993年に出演した「ギルバート・グレイプ」で19歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネートされ、その後、「ロミオ+ジュリエット」ではベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞した。 ロミオ&ジュリエット ディカプリオの人気を一気に高めたのは1997年公開の「タイタニック」だ。悲劇的にして純粋な役柄が端正な顔立ちによく合っていた。だが、彼は人気面が優先したようで、アカデミー賞にノミネートされなかったのは残念と言うほかない。 翌2002年にはマーティン・スコセッシの監督の「ギャング・オブ・ニューヨーク」に主演し、作品は大ヒットした。この作品で観客・評論家双方の高い評価を得ることに成功、また同年秋に公開された「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」も各国でヒットした。 2004年には初めて製作を担当した「アビエイター」でスコセッシと再度コンビを組んだディカプリオは実在したアメリカの大富豪、ハワード・ヒューズを演じゴールデングローブ賞 ドラマ部門主演男優賞を受賞した。 2006年には「ディパーテッド」、「ブラッド・ダイヤモンド」と2作品に出演、前者はアカデミー作品賞を受賞し後者では自身がアカデミー主演男優賞にノミネートされ、アイドルから脱皮、今や実力派俳優として認められるまでになってきた。 レオナルド・ディカプリオ お買い得パック「ディパーテッド」「ブラッド・ダイヤモンド」 私生活では「タイタニック」や「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」で共演したケイト・ウィンスレットとは親しい仲で、よく食事に出かけているようだ。彼はまだ35歳、これからの演技に期待したい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.12.22 21:35:57
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