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2018.01.18
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カテゴリ:フォーミュラ1
​​​​​​​​​​​50年携わったレースの世界に幕を引くこととなった ロン・デニス。
1967 メカニックとしてスタートし、1979後に有名となるP4(プロジェクト4=F2=)レーシングチームを設立。 1980マクラーレンと合併し、マクラーレンMP4シリーズ(カーボンモノコック)を産む。そこからは有名な話なので、割愛するが ポルシェ ホンダ プジョー メルセデスと一線級の自動車メーカーとのタイアップで、F1界のタイトルホルダーに名を連ねる。

現在のF1のピットやパドックのF1村を作り出したのも彼であり、F1のピットを夢の形にしてきた一人。

またマクラーレン・テクノロジー・センターや市販車を作ったのも有名。​


2017 手持ちのマクラーレンの株式を全部売却し 600億近い資産を持った。​

好き嫌いがハッキリしていた。
お気に入りのレーサーには、すべてを許していた。
​一番はアイルトン・セナ。1993チームを離れる際 ”君のいた場所は、すべて戻ってくる日の為に開けておくよ”と言ったことは有名。

以外にも キミライコネンがお気に入りで、2014ホンダとタイアップした際にこえをかけていた。​


1993 ミカハッキネンを手放したくなくて、大金を積んだのは有名な話。セナ亡き後、新たなメルセデスと一緒に黄金時代を築いた。

新たな試みで 若いころから育てたルイス・ハミルトン。彼は別の意味で大事なレーサーだった。

最後の一人は
ジェンソン・バトン。

デニスが望んでも組めなかった


​​​​​​​​





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Last updated  2018.01.18 18:46:55
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