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2017.02.15
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★マルチェラ・ベッラ (vf) Marcella Bella
本名ジュゼッパ・マルチェラ・ベッラ(Giuseppa Marcella Bella) 1952 年 6 月 18 日シチリア東部の中都市カターニア(Catania)生、デビュー当時の芸名はマルチェラ、その後マルチェラ・ベッラを使用、歌手。5才上の兄ジャンニ・ベッラ(Gianni Bella)はカンタウトゥーリ、作曲家。

         4303(CGD)

活動期間:1969 – 現在
所属レコード会社:CGD, CBS, Ricordi, Sony Music, D.V. More, Pull, ITWHY, Linea, Nuova Gente , Duck, Mediane, Errepi Media, Halidon
サンレモ音楽祭出場8回:1972年7位、81年9位、86年第3位、87年6位、88年4位、90年入賞(ジャンニ・ベッラとデュエット)、2005年第2位、07年12位(ジャンニ・ベッラとデュエット)



 76年フェスティヴァル・バールにドメニコ・モドゥーニョの「ぼくといておくれ」をディスコ調にリメイクしました。国内盤ではさすがにマルチェラが歌う曲を「ぼくといておくれ」とは出来ず、「哀願」としております。結果は4位で前年落選から復活し、年間ヒット・ランク57位に入ります。

4303(CGD) (1976年 CGD – CBS Sugar) Resta Cu'Mme (哀願)/ Impazzire Ti Farò (感傷) ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 同年5枚目のアルバム「Bella」を出しました。年間ベスト・アルバム58位になっています。国内盤は「炎の瞳/マルチェラ (BELLA)」(GP- 567 1978年5月 21日SEVEN SEAS - キング)として発売されました。

81413(CGD) (1976年 CGD – CBS Sugar) Bella
1.Io Sono Di Nessuno (白い壁)
2.Senti (Moca) (心をみつめて)
3.Resta Cu' Mme (哀願)
4.Impazzire Ti Farò (感傷)
5.Rendimi Il Cuore (愛の二年)
6.Parli, Parli (不思議な一夜)
7.Mi Manca (失なう私/炎の瞳)
8.L'Equilibrista (道化師)
9.Se Ci Pensi (愛のかけら)
81413(CGD) 4744(CGD)
4744(CGD) (1976年 CGD – CBS Sugar) Abbracciati (恋の逃亡者)/ Il Vento

 76年後半に出した“恋の逃亡者”は翌77年の年間ヒット・ランク63位に入りました。B面“Il Vento”は国内盤未発売。

 77年4月24日、73年に東京音楽祭出場のため来日して以来の2度目の来日をします。今度は一般公演が行われます。4月26(日中野サンプラザ)、27、28日(読売ホール)、29日(神戸文化ホール)、30日(大阪フェスティバルホール)、5月1日(京都会館第1ホール)、2日(名古屋勤労会館)、6日帰国という2週間弱の短い日程でしたが日本のファンが直接会うことが出来ました。

 77年“無関心”/“恋するフェミーナ”を出します。この2曲はヴェネチア国際音楽祭金のゴンドラで歌われました。マルチェラ人気も下降気味で年間ヒット・ランクに入っていません。

CGD-10008 (1977年 CGD – Messaggerie Musicali) Non M'Importa Più (無関心) / Femmina (恋するフェミーナ)
CGD-10008 20010(CGD)
20010(CGD) (1977年 CGD – CBS Sugar) Femmina
1.Andare (ふたりの旅路) [Featuring – Gianni Bella]
2.Pane Caldo (つかのまに燃えて)
3.Femmina (恋するフェミーナ)
4.Non M'Importa Piu' (無関心)
5.Se Tu Mi Aiuterai (愛をありがとう)
6.Treno Locale (ローカル列車)
7.You And Me (ユー・アンド・ミー)
8.Abbracciati (恋の逃亡者)

 金のゴンドラの2曲を含むアルバム「Femmina」が発売されました。CGDでのマルチェラの最後のアルバムとなります。国内盤は「恋するフェミーナ/マルチェラ (FEMMINA/MARCELLA)」(GP- 520 (1977年12月 SEVEN SEAS - キング)として発売されました。“ふたりの旅路”は既にカンタウトゥーリとして第一線に出ている兄のジャンニ・ベッラと初デュエット曲です。彼女の人気も下降気味で年間ベスト・アルバムのランキングに入ることはありませんでした。

 “Mi Vuoi”は“ジェザエル(Jesahel)”のコンビ、イヴァノ・フォッサーティ(Ivano Fossati) オスカー・プルデンテ(Oscar Prudente)の作。これがCGD最後のレコードとなりました。マルチェラはCGDから分離独立したCBSディスキ(後のソニー・ミュージック)に79年移籍します。81年CBSディスキから2度目のサンレモ音楽祭に出場します。

CGD-10075 (1978年 CGD – Messaggerie Musicali) Mi Vuoi / Lassame
         CGD-10075



マルチェラ・ベッラの国内盤
CM-   68 (1977年11月 SEVEN SEAS - キング) 恋するフェミーナ (FEMMINA)/ 心をみつめて(SENTI)

CM-   68 GP- 520

GP- 520 (1977年12月 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP恋するフェミーナ/マルチェラ (FEMMINA/MARCELLA)
1.ふたりの旅路 (ANDARE) [マルチェラ と ジャンニ・ベッラ (MARCELLA con GIANNI BELLA)]
2.つかのまに燃えて (PANE CALDO)
3.恋するフェミーナ (FEMMINA)
4.無関心 (NON M'IMPORTA PIU')
5.愛をありがとう (SE TU MI AIUTERAI)
6.ローカル列車 (TRENO LOCALE)
7.ユー・アンド・ミー (AL DI LA' DELL'EMOZIONE)
8.恋の逃亡者 (ABBRACCIATI' (YOU AND ME))

GXC- 30〜1 (1978年3月 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LPカンツォーネ・スター・オン・ステージ (CANZONE STAR ON STAGE)
1-8.狂れる心 <L> (L'ANIMA DEI MATTI <L>)
1-9.そしてその時 <L> (E QUANDO <L>)

       GXC- 30〜1

CM-  110 (1978年4月 SEVEN SEAS - キング) 炎の瞳 (MI MANCA)/ 愛の二年 (RENDIMI IL CUOREI)

CM-  110 GP- 567

GP- 567 (1978年5月 21日SEVEN SEAS - キング) 30cm LP 炎の瞳/マルチェラ (BELLA)
1.白い壁 (IO SONO DI NESSUNO)
2.心をみつめて (SENTI)
3.哀願 (RESTA CU 'MME)
4.感傷 (IMPAZZIRE TI FARO')
5.愛の二年 (RENDIMI IL CUORE)
6.不思議な一夜 (PARLI, PARLI)
7.炎の瞳 (MI MANCA)
8.道化師 (L'EQUILIBRISTA)
9.愛のかけら (SE CI PENSI)

GXC-9027〜8 (1978年10月5日 SEVEN SEAS - キング) 30cm 2LP 最新決定盤/カンツォーネ (CANZONE GOLD SUPERDISC)
2-1.炎 (NESSUNO MAI)

GXC-9027〜8 GXM-9009

GXM-9009 (1978年10月5日 SEVEN SEAS - キング) 30cmLP 最新決定盤!マルチェラ (MARCELLA GOLD SUPERDISC) ※国内盤初発売
1.炎 (NESSUNO MAI)
2.愛の切符 (IL PAGLIACCIO)※
3.シュガー・シュガー [伊] (BOCCA DOLCE)※
5.幸せのキッス (E' SEMPLICE)
6.初恋のとき (IL TEMPO DELL'AMORE VERDE)
7.平行線 (MI... TI... AMO...)
8.白い影 (L'ULTIMO CIELO)
9.哀願 (RESTA CU 'MME)
10.愛は死なない (IO VIVRO' SENZA TE)
11.明日、私は... (IO DOMANI)
12.青い山脈 (MONTAGNE VERDI)
13.恋に燃える太陽 (SOLE CHE NASCE, SOLE CHE MUORE)
14.ほほえみの扉 (UN SORRISO E POI PERDONAMI)
15.どこへ行くの (DOVE VAI)
16.想い出のシチリア (SICILIA ANTICA)
17.恋するフェミーナ (FEMMINA)
18.恋の逃亡者 (ABBRACCIATI')
19.失なう私 (MI MANCA)
20.ネグロ (NEGRO)

(ご参考)
マルチェラは新人(再デビュー)から、本国同様に日本でも大ヒット歌手に育った最後のカンツォーネ歌手だと思います。

 河合秀朋さんは既に実績がある歌手を売るより、新人の発掘し日本の市場で売っていく方がお好きでした。

 ブームとなるジリオラ・チンクェッティの劇的なサンレモ・デビュー、優勝から本国や日本でもシンデレラ物語を作上げたのですが同時期のボビー・ソロも同じでした。その次にウィルマ・ゴイクが新人として日本では大成功(本国では日本ほどの人気ではありません)したカンツォーネ歌手です。

 更に年齢詐称(?)してまでロベルタ・マッツォーニを売ろうとしましたが、所属レコード会社SAARが女性歌手育成が下手で、ヒット性のある歌を作くらず手の施しようがなかったようです。
HIT-1213 HIT-1305
 リコルディのマリーナという真に新人がいました。直ぐにソロ歌手を止め、キングと契約のないレコード会社の所属となります。その人のフル・ネームはマリーナ・オッキエーナ、所属したグループはリッキとポーヴェリでした。

 河合さんは確実に売れるシングル盤(例えばサンレモ音楽祭の曲)のB面に売りたい歌手をカップリングする方法を取りました。顕著だったのは66年サンレモ優勝曲チンクェッティの“愛は限りなく”のB面にカテリーナ・カセルリの“青春に生きる”、69年のチンクェッティの“雨”のB面にマッシーモ・ラニエリの“愛の詩”を入れました。
HIT-1323 HIT-1613
 チンクェッティ来日の時に、同行していたチンクェッティ・ママから娘のレコードに他の歌手をカップリングしないようにとキツイお叱りを受けたそうです。
 カセルリもラニエリも本国では超一流となりましたが、日本では今一歩の人気だったようです。特にカセルリは今やカゼッリと正式な発音で呼ばれ、引退の原因ともなった一番売れなかったアルバム『組曲「春」』しか市場に残っていないことをあの世で知ったらさぞかし苦笑いをしていることでしょう。

 他の失敗例はマリーサ・サンニアでした。“カーザ・ビアンカ”が上手く行きそうだったのですが、ヴィッキーの日本語ヴァージョンにやられてしまいます。
HIT-1511 HIT-1510
 また歌手もレコード会社もマイナーで売出すことが出来なかったケースがララ・レオーネ(Lalla Leone)でした。

 最大の成功例は残念ながらカンツォーネでなく、フレンチ・ポップスでした。覚えていらっしゃるでしょう。ダニエル・ビダル(Daniele Vidal)の“天使のらくがき(AIME CEUX QUI T'AIMENT)”です。
        HIT-1668
 河合さんが定年退職後、一時お店を開かれたのですが、その名も『天使のらくがき』、思入れがあったのでしょう。随分話がそれました。悪しからず!




マルチェラ・ベッラ 4は1981年サンレモ音楽祭の後に続きます





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Last updated  2017.02.15 08:40:04
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