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カテゴリ:サンレモの歌手たち
トリオ・デル・クラン (ロレンツォ・ピラート1)、 ピラーデ (ロレンツォ・ピラート2) の続きです。 ★ピラーデ (vm) Pilade (Lorenzo Pilat) 本名ロレンツォ・ピラート(Lorenzo Pilat)1938年6月24日トリエステ生、歌手、作曲家。 芸名ピラーデはデビューの1965年から70年まで、71年以降は本名ロレンツォ・ピラートで活動しています。
5182(CBS)
活動期間:1964 – 現在 所属レコード会社:Ciao!Ragazzi, Clan Celentano, Mercury Records, CBS, CGD, Antenna Nord, Poor Cow サンレモ音楽祭出場3回:1966年参加(トリオ・デルクラン (Trio del Clan)のメンバーとして)、68年参加(ピラーデとして)、75年参加(ロレンツォ・ピラートとして) サンレモ音楽祭出品8曲:1969年参加曲;70年6位、8位;71年9位;74年入賞(第3位)、入賞(8番目);75年参加;76年参加
1970年敬愛したアドリアーノ・チェレンターノ(Adriano Celentano)の会社クラン・チェレンターノでの歌手に限界を感じたのか、フォノグラムのマーキュリー・レーベルに移籍し、1枚だけシングル盤を出しますが芸名ピラーデはこれまでです。
強烈な個性の親分アドリアーノ・チェレンターノは周りと喧嘩が絶えず、代表的な子分ドン・バッキー(Don Backy)との大喧嘩、デット・マリアーノ(Detto Mariano)や売れる前のアル・バーノ(Al Bano)もチェレンターノの下から去りました。
66年から作曲を始め、ダニエレ・パーチェ(Daniele Pace)、マリオ・パンゼリ(Mario Panzeri)と組みカテリーナ・カセルリ(Caterina Caselli)に“Come Mai”を提供したのが始まりで、最初の成功はジリオラ・チンクェッティ(Gigliola Cinquetti)に提供した67年夏のディスク・フェスティヴァル出場曲“ローザ・ネーラ(La Rosa Nera)”が第2位となり大ヒットなりました。 60年代後半にパーチェ、パンゼリ、ピラートのヒット・メーカー・チームで多くの成功をもたらしました。最大の成功は69年サンレモ音楽祭出場曲“恋の終わり (Alla Fine Della Strada)”で参加曲に止まりました。しかし英国のトム・ジョーンズが“ラヴ・ミー・トゥナイト”としてカヴァー、世界的大ヒットとなります。
HIT-1648 (1969年7月10日 SEVEN SEAS - キング) 恋の終り (ALLA FINE DELLA STRADA)/ 二人の青春 (NOI DUE) ジュニア・マッリ (Junior Magli (vm))
HIT-1648 TOP-1401 TOP-1401 (1969年6月20日 LONDON - キング) ラヴ・ミ-・トゥナイト (LOVE ME TONIGHT)/ ハイド・アンド・シーク (HIDE AND SEEK) トム・ジョ-ンズ (Tom Jones (vm=e))
ピラーデ(ロレンツォ・ピラート)の場合はチェレンターノとモメたのではなく、作曲家としての地位を確立し、チェレンターノの庇護は必要なくなり独立していったようです。
こうしてチェレンターノの子分の歌手ピラーデより、作曲家名ロレンツォ・ピラートの方が有名となり、71年にマイナーのレオ・フィルムから出したシングル盤から本名ロレンツォ・ピラートを使うようになりました。これが前回までのお話でした。
60年代末から70年代初頭までジリオラ・チンクェッティにサンレモ音楽祭出場曲を提供していたピラートですが、72年の夏のディスク・フェスティヴァルに出場するジャンニ・ナザーロ (Gianni Nazzaro)に“なんて美しい君 (Quanto è Bella Lei)”を書きました。この曲が優勝し、72年年間16位になる特大のヒットになります。さらにこの年ナザーロのカンツォニッシマ出場曲“涙の日々(Vino Amaro)”も提供しました。
作曲家としての仕事が忙しくしばらくレコード製作から遠ざかっていましたが、73年CBSと契約し新たなアルバム「Lorenzo Pilat – Trieste Matta」を出しました。彼の生まれ故郷トリエステ方言の歌を集めたものでした。この後彼のライフワークとなってきます。
S-65477 (1973年 CBS - CBS Sugar) Lorenzo Pilat – Trieste Matta RB- 66 (1975年Record Bazaar – CBS SUGAR,) Lorenzo Pilat – Trieste Matta 1.Trieste Mia (わがトリエステ) 2.Da Trieste Fino A Zara 3.Ciribiribin Paghè Una Bira 4.Andemo A Sérvola 5.Vinassa, Vinassa 6.Ancora Un Litro De Quel Bon 7.Lassime Star Cussì 8.El Tram De Òpcina 9.No La Me Vol Più Ben 10.La Famiglia Dei Gobi 11.La Mia Mama Me Ga Dito 12.Le Mule De S. Giacomo 13.Mandeghe La Lista Al Diavolo 14.Se Meio Un Bicer De Dalmato 15.L'Inno Dei Mati 16.La Mula De Parenzo 17.L'Amor Che Go Perso S-65477 RB- 66
作曲家としてまた大きな事をしています。ジリオラ・チンクェッティと組んでサンレモのヒット曲を出しましたが、74年サンレモに早々と欠場を決めた彼女に、73年末のカンツォニッシマ用に新曲を提供しました。“太陽のとびら”でした。カンツォニッシマ決勝戦で歌い優勝します。チンクェッティは“夢みる想い(Non Ho L’eta' (Per Amarti))”以来ナンバー・ワン・ヒットが出ていなかったのですが10年ぶり2度目のNo.1になり、74年ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト出場((“夢はめぐり来て(Si’)”で第2位)にイタリア代表となり、74年年間ヒット・ランク20位に輝く栄誉をプレゼントしました。
HIT-2124 (1974年2月25日 SEVEN SEAS - キング) 太陽のとびら (ALLE PORTE DEL SOLE)/ しじゅうからのタンゴ (TANGO DELLA CAPINERE) HIT-2124 ECR-10733 ECR-10733 (1975年5月 CAPITOL -東芝EMI) 太陽のとびら (THE DOOR OF THE SUN (ALLE PORTE DEL SOLE))/ メリー・ゴー・ライトリー (MARY GO LIGHTLY (COMO UN NINO)) アル・マルティーノ (Al Martino (vm=a))
この“太陽のとびら”を伊系米男性歌手アル・マルティーノがカヴァーし、75年ビルボード全米ホット100の17位(アダルト・コンテンポラリー部門7位)の大ヒットにしています。
“黒猫のタンゴ(Volevo Un Gatto Nero)”で知られる子供音楽祭ゼッキノ・ドーロ(ZECCHINO D'ORO)へ74年第16回に“釘にはこれ全部(Tutto Questo Per Un Chiodo)”、76年18回に“もしパンがなかったらワインはどうする?(Se manca pane e vino cosa fai?)”を提供しました。
更にピ彼はもう一つの顔も見せます。CGDのサブレーベルのダービーからMr.バンチ名でジャズ・ロックのシングル盤を出しました。何も資料がないのでジャケットを見る限り3人構成のバンドなのか、ワンマン・プロジェクトなのか分かりません。
DBR-1970 (1974年Derby - CBS Sugar) Lucille/You Can't Help Loving This World [come Mr. Bunch] DBR-1970 3114(CBS) 3114(CBS) (1975年2月 CBS - CBS Sugar) Madonna D'Amore (愛のマドンナ)/Chi Sarà La Mia Stella [come Lorenzo Pilat]
75年サンレモ音楽祭に“愛のマドンナ”で3度目の出場をしました。ピラーデではなく、世界的ヒットを出している歌も歌うソング・ライターのロレンツォ・ピラートとして。しかし歌手としては作曲家ほど力がなかったのか入賞出来ませんでした。
彼はサンレモ出場曲“愛のマドンナ”の入ったアルバムを出します。他はトリエステ方言の曲のようです。CBSで2枚目のアルバムとなります。
S-69112 (1975年 CBS - CBS Sugar) Lorenzo Pilat – La Mula RB-175 (1978年Record Bazaar – Messaggerie Musicali) Lorenzo Pilat – La Mula 1.Sto Mona De Mio Cuor 2.La "Flon Flon" 3.Molighe El Fil 4.Madonna D'Amore (愛のマドンナ) 5.Co La Facia De Sardon 6.El Consa Lastre 7.Le Galine 8.Chi Sarà La Mia Stela 9.Trieste Dormi 10.Viva Là E Po Bon 11.Iuppi Iuppi Ala 12.Zingo Piombo 13.Bertolin 14.Casa Mia 15.El Tram De Opcina In American 16.A Volte Basta Un Moto 17.In America Voio Andar 17.a.La Dona Xe Come Una Vipera 17b.Bechi De Qua, Bechi De La 18.Le Done De Inverno E D'Estate S-69112 RB-175
ピラートはMr.バンチ名でアルバムとシングル盤を出しています。しかしその後のMr.バンチの消息は分かりません。
DBR-69101 (1975年Derby - CBS Sugar) Mr. Bunch's Contaminating Rock [come Mr. Bunch] 1.The Famous Brest 2.Bird Dog 3.Let Us Pray And Trust In Him 4.Twenty Flight Rock 5.Mule Skinner Blues (Il Blues Del Mandriano) (ラバ追いのブルース) 6.Rolling And Rocking 7.The Joy Of Dreaming And Thinking 8.Cryin' In The Rain 9.Rock And Roll Doll 10.You Can't Help Loving This World 12. Good Golly Miss Molly DBR-69101 DBR-3048 DBR-3048 (1975年Derby - CBS Sugar) Let Us Pray And Trust In Him/The Joy Of Dreaming And Thinking [come Mr. Bunch]
Mr.バンチは姿を消しますが、新たにラ・クァルテット・ストラーダ(La Quinta Strada)という英語で歌うバンドのリーダーとなり、シングル盤“シー(She)”を出します。ダニエレ・パーチェ作詞、ピラート作曲でした。
3882(CGD) (1975年 CGD - CBS Sugar) She/Horror [come La Quinta Strada] 3882(CGD)
ラ・クァルテット・ストラーダとして77年に2枚目の枚シングル“Mamma Boogie”が出ました。この年はCBSがCGDから分離独立して、別法人CBSディスキを設立したためCBS名義とCGD名義の2種類のシングル盤が存在します。
5180(CGD) (1977年CBS - CBS Sugar) Mamma Boogie/I Believe Her [con il gruppo "La Quinta Strada"] 5180(CBS) (1977年CBS - CBS Sugar) Mamma Boogie/I Believe Her [con il gruppo "La Quinta Strada"] 5180(CGD) 5180(CBS) ロレンツォ・ピラートとしてCBSでの最後のシングル盤も出しています。
5182(CBS) (1977年CBS - CBS Sugar) Matrimonio Sbagliato/Fin Da Bambino ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照
AN-49001 (1978年 Antenna Nord – Messaggerie Musicali) Acqua, acqua fuoco, fuoco /Buonanotte, Buon Natale
AN-49001 AN-49002 AN-49002 (1978年 Antenna Nord – Messaggerie Musicali) Finanziere/Giovedì
CBSとCGDの分離騒動を嫌ったのか、77年に出来たばかりの民放アンテナ・ノルドの同名のレコード子会社に移籍します。ただ販売権はCGDが持っているので、実質的な変化はなかったようです。ここで3枚シングル盤を出し、78年にプアー・カウ(Poor Cow)に移籍します。
AN-49003 (1978年 Antenna Nord – Messaggerie Musicali) Rocky Lopi Boogie/Baby I Don't Care [ジャケット画像はありません]
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Last updated
2018.08.03 08:40:06
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