~ 民主主義のコスト ~
今週は、アメリカで金融安定化法案が下院にて否決され、史上最大のニューヨーク証券市場の下げ(ダウ工業株30種平均で)との衝撃ニュースがありました。 返済が滞った住宅ローンの束(証券化された金融商品) という不良債権、しかもその価値の下落がさらに続くかもしれないとの不安をいだき、アメリカの金融機関はお互いに相手の破綻を懸念し、与信(資金の貸出し)が十分にできない状態になっています。この結果、一時的に必要な資金の調達ができないがゆえに破産する金融機関や会社が生じてしまいます。この負の連鎖を断ち切るために、国が金融機関から不良債権を最大70億ドル(約74兆円)買い取るというのが、否決された金融安定化法案の内容です。 日本でも、97年の金融危機に際しては、小渕首相が民主党の対案を全面的に受け入れて法案を成立させ、不良債権買取りと銀行への公的資金の出資を実現しました。 市場関係者の大方の予想を裏切った点では、ブッシュ政権(具体的にはポールソン財務長官)が公的資金を融資せずにリーマン・ブラザーズ破産を容認したことと似ていますが、金融危機時に必須の政策を否定したとの点で、今回の法案否決はまったく異なります。現在のアメリカの金融危機を解消し、アメリカ経済を緩やかにであれ回復に向けるため、公的資金の投入は不可欠です。このため、前日の9月28日にはブッシュ政権と共和党・民主党両党の議会指導者との間で法案成立について合意が成立したのです。 否決されたのは、公的資金の投入は「税金によるウォール街救済だ」とする選挙民の批判、その結果11月の選挙で落選することを懸念した議員の造反によるものです。党議拘束(法案採決において所属政党の方針に従うことを議員に義務付けること)の慣例がないことが否決の要因との解説もありますが、党議拘束があっても05年夏の日本の参議院での郵政民営化法案廃案が生じたように、党議拘束の有無は決定的な要因ではありません。 法律の制定という政策決定(政治)を国民が選んだ人々の決定(多数決)に委ねるというのが、議会制民主主義です。 独裁政治がもたらす政治の誤りを防止するとの点では、民主主義は人類が生み出した英知です。この場合、議員は選挙民から選ばれてはじめて職が得られ・維持されるため、「次の選挙でも当選すること」が最も重要な行動原理となります。このため、具体的に適正な政策決定がなされるためには、その政策決定(法案)に賛成しても「落選」しないと議員が思わなければなりません。政策決定の主導者は、法案が成立するだけの議員の賛同を得るべく、議員個人又はその決定を支えている国民、世論に働きかけることが必要になってしまうのです。 上院にて微修正の上可決され、近日中に下院でも可決されて、金融安定化法案は成立するでしょう。しかし、その間の政策不在は、アメリカ経済に大きなマイナス、具体的には株式市場の暴落をもたらします。これこそ、民主主義のコストです。 各国において、このコストを減らそうとするためには、良き政治家を選出する国民、ひるがえっては国民にその政策が支持されるように政治主導者の説明が必要になることを、今回のアメリカのドタバタは「他山の石」として、思い出させます。