2010/01/27(水)20:44
コンドルの系譜 第八話(109) 青年インカ
トゥパク・アマルは、静かな眼差しで頷く。「その通りだよ、ミカエラ。ここは、インカの地下道。正確には、インカ帝国時代以前からあったものだが。さあ…この辺りまで進んでくれば、もう、あの地下水路に音が漏れることもあるまい」
そう言いながら微笑んで、彼は、やっと、己の腕に押さえ込んでいた何者かを、その全身も、その口も、ゆっくりと解放した。咄嗟、その何者かが、トゥパク・アマルに向いて半狂乱の叫びを上げる。「おまえ!!!おまえ…――!!おまえ―――っ!!!!」
そして、叫びながら、手探りのまま、猛り狂ったように、トゥパク・アマルに掴みかかってきた。それは、紛れも無く、かの強欲な番兵――セパス。がたいのいいセパスに激しく体当たりされて、トゥパク・アマルの全身は僅かに傾(かし)いだが、彼は、すぐさま強靭な腕で相手の肩をガッチリと押さえ込むと、沈着な声で語りかける。
「落ち着いてくれ…セパス。そなたは、我らの命の恩人でもある。十分に、そなたの働きには、報いるゆえ……」「なに、ほざいてやがるんだぁ!!!何が財宝だ…騙しやがってっ!!おまえ……俺をはじめから利用しようと謀ったな?!!」「すまぬ。此度は、やむにやまれぬ事情だったのだ」
苦笑しつつも閉口ぎみのトゥパク・アマルの方に、イポーリトが溌剌と声を上げる。「父上、この人、誰なの?」「あの牢の番兵の一人だよ、イポーリト。此度の脱獄計画の一端を担ってくれた、我らの恩人だ」
セパスが愕然と唖然で絶句している間にも、イポーリトの利発そうな声が、暗闇の中に明るく響く。「じゃ、脱獄計画に協力してくれた人?」「まあ、結果的には、そういうことだ」
【はじめての読者様へ:登場人物のご紹介】≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
敵将アレッチェの罠にはめられて投獄されていたが、ついに、脱獄を決行し…――。≪ミカエラ・バスティーダス≫
トゥパク・アマルの妻であり同志。
トゥパクとの間に生まれた3人の皇子たちの心優しき母でもある。
褐色の女神のように麗しくも、戦士のごとくに雄々しいインカ族の才媛。
トゥパク・アマルの本拠地(トゥンガスカ)の本陣を守り、遠征中の夫の代理として活躍した。≪イポーリト/フェルナンド≫
トゥパク・アマルとミカエラの息子たち。長男イポーリト12歳、末子フェルナンド8歳。
なお、二人には他に次男マリアノ10歳がおり、隣国のアンドレス軍に匿(かくま)われている。
両親に似て、凛々しくも天使のような愛らしい皇子たち。 ≪セパス≫
トゥパク・アマルが投獄されていた牢獄を監視する端役の番兵の一人。
植民地生まれのスペイン人で、貧しく、身分も低い。
狡猾で攻撃性の強い、強欲な人物。
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