2019/08/09(金)00:10
コンドルの系譜 第十話(80) 遥かなる虹の民
「アレッチェ殿――」
「それで?
わざわざ治療して、そのおかげで回復したスペイン兵たちを、おまえはどうするのだっけ?
ああ、そうそう、敵兵といえども、回復したら、釈放するのだったかな?
それが、インカ帝国時代からの流儀だとか?
結果、釈放されたスペイン兵は、スペイン軍本隊に戻り、また戦場に駆り出され、そしてまた負傷してインカ軍に治療され、再び釈放されて、スペイン軍に戻り、また戦場に駆り出される――。
そうやって、おまえは、延々と戦さを長引かせてきたのだ。
とどまることのない流血、そして、国中の大地は戦火で焼き尽くされ、田畑は荒廃し、民は露頭に迷う。
その果てしない延々たる繰り返し。
それが、今のこの国の現実だ。
そして、その悲惨な現実をつくりだしている全ての元凶が、おまえなのだ。
おまえたちインカ族が、昔から非常に好戦的な部族であったことは今さら言うまでもないが、トゥパク・アマル、おまえ自身も、どれだけ血を見るのが好きなのだ?」
冷笑まじりに呪わし気に豪語するアレッチェの双眸は黄色味を帯びて炯々と光り、全身包帯巻きの姿とあいまって、怪物じみた面妖な凄みを増している。
しかし、対するトゥパク・アマルは、不動の静寂な佇まいで、美しい眦(まなじり)を物思わし気に細め、ただ黙って、相手の罵声を受け留めている。
それから、しばらくの後、憂いを帯びた慈愛の面差しで、誠意を込めて言う。
「そなたの今の言葉は、少なからず歪曲的で、一面的な見方であるように、わたしには感じられる。
なれど、敵味方の別なく、負傷した者は、治療して、解放するー―そうしたインカの父祖伝来のやり方を、そなたが熟知すようになってくれたことは、誠に嬉しいことだ。
わたしは、我らインカのことを、その真(まこと)の姿や在りようを、そなたに、さらに知ってほしいと願っている。
そして、わたし自身も、そなたたちスペイン人のことを、もっと深く知りたいのだ」
「黙れ……!
おぞましいことを」
心底、汚らわしいとばかりに、地を這うようなアレッチェの声音が、強度の苛立ちを露わにして、トゥパク・アマルの言葉を一蹴する。
そのような相手の様子にも、もう、すっかり慣れっこになってしまっているというふうに、トゥパク・アマルは、柔和な微笑みを湛えて、いっそう真摯さを増した眼差しで続けていく。
「アレッチェ殿、そなたは、相変わらず我らインカ族に手厳しい。
果たして、どうしたら、そなたを我らの方に振り向かせることができるのか」
冗談めかしてそう言った己の言葉にアレッチェが絶句している間にも、さらにトゥパク・アマルが畳みかける。
「実は、これから申すことも、折を見て、そなたに伝えておかねばと思っていたことなのだが」
「……まだ、あるのか?」
何十匹も苦虫を噛み潰したようなアレッチェの声が、居室の冷たい空気を軋ませる。
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!
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